特定非営利活動法人 あまのはら

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あまのはらニュース


第28号(2020年8月)



WEB版あまのはらニュース 目次

あまのはらニュース 巻頭 

あまのはらニュース28号特集(1)(2)(3)(4)(5)(6)



(巻頭文)


私の子育て記3

 コロナ禍で思ったこと、どう過ごしたかについてのテーマで、今回も私の子育て記3として書くことになりました。

 この春は娘の保育園卒業と小学校入学という大切なイベントが控えていました。ですが卒園の記念の行事などは中止もしくは規模を大幅に縮小して開催となり、入学式は直前で延期となりました。そして緊急事態宣言が出されて、娘が通うはずだった学童保育も基本的に閉所となり、一人親や医療関係者以外は受け入れが難しい状況になってしまった。これは困った、どうしよう。いっそのこと通所福祉施設も休業要請が出たらいいのにと、最初は思ってしまった。しかし、福祉施設は不要不急には当たらないので休業要請からは除外されている、とはっきり解釈できるように資料には書いてあった。娘の居場所はどうしたらいいのか、雪谷工房は開所し続けていいのだろうか。利用者の中には主治医から施設通所を自粛するよう指示のあった人も出てきた。そんな混沌とした心でいたところ、五味太郎さんのインタビュー記事が目に入ってきた。五味さんは「コロナ禍の前は安定してた?居心地が良かった?普段から感じている不安がコロナに移っているだけではないか。今不安定だからこそよく考える時期なんだ。だから自分にとっても優先順位がはっきりしてくる。心も日常生活も、乱れるがゆえのチャンス。やっぱり日本人って、誰かが命令してくれるのを待っているよね、その方が楽というかやりやすいのかな。本当にコロナ前に戻ればいい?その当時って本当に充実してたの?自由なんてのは存在しなくてあると思うから不自由さを意識しちゃう。不自由なのは前提、限られたなかで悩むしかない。これを機に十分悩みましょうよ。」とあった。今(8月)でこそ、このような考えが浸透しているように思われるが、4月当初この記事を読んで、はっとして霧が晴れるような気持になった。まさに五味太郎さんの言う通りだなと。自分たちで悩んで自分たちで決めるしかない。

 雪谷工房は元々職員が不足している状況が続いていたので交代で出勤などの選択肢はなかった。私の夫は自宅近くで小さな床屋を営んでいる。床屋もなんだかんだで休業要請対象外となり、夫も試行錯誤しながらお店を続けていた。家族で話しあって娘は夫の店で当面過ごすことに決めた。不安はたくさんあったが、雪谷工房の職員やアデイの職員さんにも助けてもらいながら、私も時短勤務にさせてもらった。緊急事態宣言が出た直後は、雪谷工房を開所し続けていいのだろうか、本当に今必要なことなのだろうか、と毎日悩んだ。換気やマスク着用、手洗いの必要性の徹底、通所日の多い人は通所頻度を減らしてもらい少しでも密集を避けるようにした。通所は自由通所(通所したくない人はしなくて良い)とした。しかし結局8割のメンバーが今まで通りの通所を継続した。雪谷工房が皆にとっても生活に必要不可欠なのだとはっきり再認識できたことが嬉しかった。

 娘はというと、週に1度の私の楽しみだった家族時間の外食は全く出来なくなったけど、毎朝私が作ったお弁当を食べ「これは世界一美味しいおかずだ!」と言ってくれたり(と夫から聞いた)、夫のお店の看板娘としてお手伝いをしてお客さんにかわいがってもらったり(ゲームをしている時間が長かったと思うが)、していた。夫のお客様も徐々に戻り娘がお店で過ごすのにも限界があり、雪谷工房へ娘を連れて出勤することも何度もあった。そこで何より嬉しかったのは、職員の二人もメンバーも、娘と一緒に出勤したことを歓迎してくれたことだ。子どもがあまり好きではない人も中には居たかもしれないが、皆が嫌な顔一つせず、娘とおしゃべりしたり遊んでくれたりしてくれたことが、とてもありがたかった。娘と一緒だと私はいつものような仕事は全く出来なかったにも関わらず、「また一緒に来て欲しい」「かわいい」「元気をもらった」と言ってくれた。特に子どもが産まれてから周りの人に迷惑をかけ通しだが、年をとるごとに、人は周りの人に力を貸してもらって助けてもらいながら生きていくのだと痛感する。コロナ禍で思ったことは、誰かや何かのせいにしない、家族のことも仕事のことも。心が乱れてもいい。これからも日々悩みながら、自分で決める。それでいいんだ。

雪谷工房施設長 酒井沙知子


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