特定非営利活動法人 あまのはら

「特定非営利活動法人 あまのはら」とは?

 

 2006年3月、大田区内にある「雪谷工房」と「シーエスアデイ」という 2ヶ所の精神障害者小規模作業所が、運営を一つにし、新たに「特定非営利活動(NPO)法人 あまのはら」を立ち上げました。 

 「あまのはら」とは、古語で、“ひろく大きな空”という意味です。

あまのはらに関わる人たちが、ひろく大きな気持でいれたらということと、生きていく上でのスペースをひろく大きくしていきたい、また、雲のように良くも悪くも人生変化していくというようなイメージで名前がつきました。



ホームページのリニューアルに寄せる

早いもので、NPO法人あまのはらを設立して13年が経ちました。

“障害者福祉に効率優先と成果主義が持ち込まれた事業には決して移行しない”と公言して、作業所廃止に伴う数度に渡る大田区との交渉の末、都内でも珍しい地域活動支援センターU型単独事業として従前の小規模作業所補助金額水準を確保することが出来、その地域活動支援センターU型に事業移行してからでもすでに6年が経過しました。この間、本当に福祉を取り巻く環境は大きく変わり、それこそ大げさでなくかつてとはまったく違う、まるで「別の国」の福祉制度になってしまったかのようです。

そんな世情にあって、自分たちが作業所時代と変わらぬ小さな2つの地域活動支援センターを運営し続けていることの意味を問わない日はありません。あまりに世の流れとずれているため、“いっそのこと消えてしまった方が良いのでは?”“いや、この在り方でこのまま在るべきだ”そんな自問自答が絶えないのです。ただ、私の自問自答は常に“消えるかこのままか”であり、事業を変えたり拡大したりという選択肢は一切思い浮かびません。それは申し訳ないような気もしますが、効率優先と成果主義を否定、拒否するということは、この現代日本の福祉業界において、そこまで選択肢を狭めるということであるのかもしれません。

唐突ですが、私の最近読んだ本で、大変感銘を受けた“野良ビトたちの燃え上がる肖像”(木村友祐著)という小説があります。その小説の最後で、近隣の新興タワーマンション群に住む街の住民たちから、野宿者(ホームレス)たちが“野良ビト”と蔑称されると共に街から排除され、多摩川とおぼしき河川敷に閉じ込められた挙げ句、最後は街の住民に金で買われたり、追い詰められた野宿者たちによって野に火を放たれる場面があるのですが、その中を主人公の一人でもあり、野宿歴20年の柳さん(63歳)が、リヤカーに焼け出された同じ野宿者仲間である若い母子(夫のDVから逃げて河川敷にたどり着いた)や火傷を負った女性を乗せて、懸命に押し寄せる火の粉をよけながら自転車を漕いでリヤカーを引き生き延びるための脱出を試みます。最初、みんなと同じ方向である川上に向かって逃げていた柳さんは、長年飼っていた野良猫“ムスビ”が、あえて燃え盛る川下へと逃げて行ったことを思い出し、これから燃えて行く川上ではなく、いち早く草が燃え尽きるだろう川下へあえて逃げることを思いつきUターンするのです。

 必死にペダルを踏み込みながら柳さんは「必ず隙間があるはずだ!」と信じて火の中を突き進みます。野良ビトである柳さんが、生きるために野生の本能を全開にしてひたすら隙間を目指す、その心の叫びと姿勢(生き方)に、私は感動しつつ就労継続支援B型への移行を拒否してこれまでやって来た自分の思いを重ねました。「そうだ、そうなのだ。俺はひたすら隙間を探し目指し、そこに福祉のわずかな可能性を見たのだった」と。それは多分に私自身の性分、習性に依ることかもしれませんが、“効率優先と成果主義を導入したら福祉は死ぬ”という感覚は、まさに理屈ではなく野生の本能が私自身に教えたことなのでした。そして、“生き延びるために隙間を目指す”ことは、この社会でこれからも福祉を掲げる限り続きます。あまのはらの「隙間」を目指して行く旅(日々)は続くのです。生きている限りは生きなければいけないように、我々は続けます。


2019年7月1日

特定非営利活動法人あまのはら 

シーエスアデイ 施設長 五十嵐正史




 サイトマップ

貸借対照表

あまのはらギャラリー

(New!)あまのはらニュース WEB版 トップページ



「特定非営利活動法人 あまのはら」本部 
〒146-0084 
 東京都大田区南久が原2-33-14
/fax : 03-3757-7817
:E-mail :amanohara_csaday@yahoo.co.jp