アマノハラキチの福祉なblues U



2018年08月31日
「ハラキチ的障害者雇用の現場と中央省庁水増し事件の考察」
 連日報道されている中央省庁による障害者雇用水増し問題について、毎朝新聞で新事実を読む毎に唖然と怒りが増してくる。

 ハラキチは実際に障害者雇用を目指す主に精神障害の当事者と共に、これまで数十社を訪問し、就労後も時にジョブコーチとして様子を見に行き、時に企業側からの相談に乗り、障害者雇用で働く当事者の思いを企業側に伝えたりして定着支援をして来た。 

障害者雇用とは言え、それに乗るまでのハードルはいまだ高く、日中活動がメインの非あくせく型事業所のハラキチの所では、年に一人チャレンジするかどうか程度である。

殊に精神障害の場合、手帳取得されていない人もまだ多いので障害者雇用の入り口に立てない人も多い(手帳は必須ではないが、かなり求人範囲が狭まる)。

それゆえに、障害を明かさず(業界ではクローズと称する)履歴書の中身をほとんど問われない折込チラシ等で見つけた短期パート雇用や派遣等で働く人も居る。

しかし、容易に就労出来る反面、仕事はきつく環境も悪い場合がほとんどで、疲労を感じやすくペース配分の苦手な方の多い精神障害者がその仕事を継続して行くのは困難である。



 厚生労働省(国)は、障害者雇用の理念やその環境整備の必要性を丁寧に説明することなく、上意下達よろしく法定雇用率達成を民間に通達し尻を叩き、毎年雇用数の報告をさせ、未達成の場合は一人分月5万円のいわゆる罰金を払わせて来た。

民間企業側の多く(2018年4月から従業員45.5人以上の企業に障害者雇用義務が発生する)は、雇用率が上がり続け罰金額も増え続けるよりは障害者を雇う方が損は少ないと判断すると、雇用環境も整わないまま、大企業だったら特例子会社を作って障害者ばかりで働く環境を整備?して雇用する。

見た感じ障害があることが分からず、受け答えが上手であれば精神障害者は採用されやすい傾向にある。

しかし、雇われた瞬間の評価が一番高く採用後はどんどん社内評価が下がって行く場合も多い(もちろん、それを乗り越えて職場定着する人も居る)。

要は出来るように見えるのに意外と出来ないと思われてしまうのだ。

そんな視線をことさらに悲壮に感じてしまい、もがくように働き無理を重ね失敗も重ね社内評価はさらに下がり、本人も疲弊しやがて「自分はこんなに一生懸命やっているのに」と、会社に対して不信を持ちそれが被害妄想となり精神障害の悪化を招く。

そうなったらもはや退社しか道は無くなってしまう。



 これは、結果的に会社側の評価を裏切る形になった障害当事者側が悪いのだろうか?

ハラキチのような障害者に関わる仕事をしている人間でなくても、障害者を受け容れ雇う環境(精神障害者を雇う場合、何より精神障害を知ることが大前提となり、さらに雇う障害者が必要とする配慮を知る必要がある。配慮をすることがすなわち障害者雇用なので、「配慮をしない」という企業はそもそも障害者雇用をする資格はない)をそもそも作らず作ろうともせずに障害者雇用に乗り出した会社側に責任があると思えないだろうか?

それとも、やりたくもない障害者雇用を、本当はやっていなかった国から押し付けられている民間企業は被害者なのか?

いや、本当の被害者は、この問題で真っ先に怒りの声を上げた障害当事者であることは言をまたないだろう。

「障害者採用うっとうしいのか」と国の担当者に言葉を投げつけた障害者団体の人の声は、この問題の本質を射抜いていると思う。



 今回中央省庁がやっていたことは(中央省庁だけでなく地方自治体、おそらく区市町村レベルにまで及んでいるだろう)、手前たちが旗振り指導するところの障害者雇用促進を民間企業に押し付けるだけ押し付けて、旗を作って旗オッ立てて旗振った当人がやっていなかったどころかほとんど水増しのごまかしで通して来たという話だ。

この事実を唖然とせずに受け止めることは難しい。

ただはっきり言えるのは、この国は現政権よりずっと前から誤魔化し体質でとっくに屋台骨が腐っており、それが稚拙で短絡、直情的な現首相の言動に連動するかのように明るみになって来たと言うだけの話なのだ。

だって、事は障害者雇用スタート時からなのだ。

だから、別に言っても良いけれど、一人安倍を許すなと言っていても意味はないのだ。

しかし、人間的に考えれば、ほとんどすべての省庁で水増しが行われていたわけだから(それにしても、この間企業に払わせてきた罰金額に換算したら水増し額はいったいいくらになるのかしら)、その現責任者である担当大臣はすべて辞任、すなわち閣僚総辞職で最高責任者をことさら自称したがる安倍晋三も当然責任を取って辞任すべきだろう。

 

 それを一切やらないことについては、確かにモリカケ同様「安倍を許すな」である。

が、この国の根の腐れ度は相当深い。

だからこそ、ハラキチは障害者雇用も支援するこの小さな現場で一人一人について今後もただ逡巡しながら動くのみ。

もう一人一人がそれぞれ一つ一つの現場でその名の通りの仕事を、あくまで人間的にする以外に(人間的に許されぬ仕事は拒否する)、この社会を良きもの(と言うかまともに)にする方途はないとハラキチは確信している。

だからそれ以外はやらない。

障害者雇用促進の息のかかった団体、行政に与することはこれからもない。

そして、自分の施設において、企業就労含めて就労こそがもっとも大切だなどとはこれまでも言ってこなかったし、これからも言わない。
2017年08月25日
津久井やまゆり園再建について思う

 相模原事件の現場となった、大規模入所施設津久井やまゆり園の建て替え話が、当初の県知事と施設、保護者で決めた現在の場所で同規模のままの建て替えから、小規模施設の分散型に変更されたことが報道された。



 当初案と同じく黒岩知事が発表したのだが、当初案を支持し続けて来た施設側からすれば知事の寝返りに納得出来ず、反発しているとのこと。

現在横浜市などに分散して、別施設に居住しているやまゆり園入居者の多くは施設側の言い分で行けば「みな元の場所に戻れると説明し理解してもらった。

もし、戻れなくなったら意思決定支援どころではない」(入倉園長)ということだが、そもそも当初案の元の場所で同規模の施設再建話自体が、本人不在の施設と保護者の希望のみ先行と批判されたのではなかったか?

園長の当初案変更に対する「当事者不在」批判はどうにも矛盾していると言わざるを得ない。
 


 ハラキチは、当初から元の場所での同規模施設としての再建には反対であったし、事件の検証もなされる前から運営主体が一新されることもなく再建ばかりを言い出す事には、信じられない気持ちと憤りを感じた。

働いていた元職員が起こした事件に対して、雇い主であるかながわ共同会が自らの施設運営の資格を問わずに保護者と共に「再建」を言うのは、現場の事情を知らぬ者の勝手な物言いを承知で言わせてもらえば「あり得ない」ことである。



 そして、その後今ではほとんどの人が忘れているのではないかと疑わしい"ともに生きる社会かながわ憲章"が出され、昨年秋にはハラキチも法人ニュースで読み解き批判した検証報告書も出された。

そんな中で元の場所での時代錯誤とも言える大規模施設再建に対する批判の声が強くなり、一度は公表した再建計画を黒岩知事は白紙に戻したのだった。



 再建案の再検討をし、新再建案を作成した県の障害者施策審議会の議論の中身で、施設側と保護者による興味深い反論が福祉新聞の記事で出ていた(5月19日付)。特にこの記事では、これまで表に出て来なかったやまゆり園の現場職員の声が載っている。

それによれば、元通りの大規模施設に建て替えることへの批判は、自分の働く施設が否定され、自分の仕事が否定されたと思うと書かれており、入倉園長からは自分たちの発言を必ず文字に残すよう求める等、大規模施設再建反対論に対して全面的に抗議する姿勢を見せている。

また、事件後新聞紙上にも何度か登場している家族会長大月和真氏は、「津久井やまゆり園は私たちがやっとたどり着いたかけがえのない家だ」と語り、やはり元の場所での大規模施設再建を求めた。

そこには施設側からの「部外者が知りもしないで勝手な事言わないでほしい」という意思表示がありありと透けて見える。

しかし、このような施設側の抗議、意思表示は妥当なのだろうか?

ハラキチには、厳しいようだが施設側に「その資格はない」と言いたい。

そして、この言説は今もなお19人の障害者の命を奪ったことの正当性をビクともさせずに獄中にいる植松被告にさらなる自身の思想の正当性を確信させてしまう物言いであるとも断ずる。

そのことに施設側はなぜ気付けないのか?

それは入居していた障害当事者よりも、家族、職員、運営組織が重篤な大規模施設隔離の病に侵されていることを表している。

批判を批判としてまともに受け止められない狭量に陥り、自己を深く見詰めることが出来なくなっている。

かけがえのない家族を奪われた遺族である入居者家族に残酷な言い方は慎むべきだが、これまでの在り方は根本的に変えねばならぬ。

なぜならそこから植松は生まれ、そこが彼の思想の源泉だったからだ。

もちろん、凶行に走ったのは彼だけであるし一生懸命働いていた現場職員も大勢居ただろうし、彼の考え方を変えようと声をかけた人も居たかもしれない。

けれど、そこで起きてしまった事実の重さから現場は決して逃れることは出来ない。

そうして、彼らの働く施設は決然と「否定」されたのだ。本来再建話はそこからしか始まらない。

どんな体制が職員を疲弊させていたのか?また、植松被告と面倒でも深く向き合うことを避けていたのか(少なくとも、植松被告が利用者の体に落書きする等の虐待行為があった時点で彼をとことん追求し、その行為をしっかり否定するべきだった)?

そこをこそ解明し検証しなくてはならなかったのだ。



 しかし、このように書いていてやはりハラキチは虚しさと共に自己を見詰めることの困難さを、自分についても含めて思わざるを得ない。

厚労省が相も変らぬちんけなネーミングで推し進めようとする「我が事丸ごと」にしても、官僚の誰一人本気で「我が事」として考えようとはしておらず、さらなる福祉予算削減のための児童、高齢者、障害者含めた福祉サービスの一体効率化のみが目的であることは誰が見ても明らか。

そもそも「我が事」とはこんなにもチャらく言いのけることなど出来ない大変きつく苦しい作業である。

いや、どれだけ努力しても他人の事を「我が事」とすることなど出来やしないのではないか?

親子でさえそうではないだろうか?



 それを超えて行くために果たして何が必要なのか?

ハラキチが今の時点で考え得ることは、やはり「あったものをなかったことには出来ない」この言葉に尽きる。

人間はどうしても過ちを犯すが、それを本当に認め反省することが出来ない事例は、首相から官僚、役人、福祉団体、市井の者までこの国隅々に住まうまさに大の大人たちがえげつなく体現していることである。



 最後にしつこくもう一度書く。

津久井やまゆり園を元の場所に大規模施設として再建する事、何よりも運営母体であるかながわ共同会の組織、運営手法そのものにメスを入れ変革することなくそのまま継続させること(かながわ共同会は平成37年3月末日まで指定管理者期間がある)は、「あったものをなかったことにする」所業である。

それでは事件を本当に検証したことにはならないし、それは第2の植松が生まれ得る福祉の思想不在の福祉の現場が放置されることに他ならない。



※ 8月25日付東京新聞朝刊に、神奈川県が「津久井やまゆり園」再建基本構想案を発表したとの報道があり、それによれば元の場所と現在借り住まいをしている横浜市の2か所に、11人入所の居住棟(コテージ)を計12棟建設し、医療ケア設備も整備することになったとのこと。

家族会代表もその再建案を「いろんな意見を受け、一歩も二歩も進んでいる。県内の知的障害者にとって、ありがたい内容。ほっとした」と評価、歓迎したとある。
2017年02月14日
2つのシーエス
 先日、区内の社福法人プシケおおたの「プシケおおたニュース」と共に、カラー刷りのパンフレットが送られて来た。



 その中で私の目に留まったのは、2年前の11月に「コミュニティースペースにしかまた(略称CSにしかまた)と改称して再出発したという、元街の駅にしかまたの記事である。



 この元街の駅にしかまたについては3年前、別の場所にある就労継続支援B型事業所利用者を、街の駅所属の利用者と共に同じ作業に従事させながら、その人に給付される個別給付の報酬を作業実態のないB型事業所で得ていたという事実が分かり、当時そこ(街の駅にしかまた)で働いていた非常勤職員から相談を受けた私(内部でいくら意見を言っても暖簾に腕押しではぐらかされてしまう状況であったという)は、大田区にその事実を認識しているか問い合わせ、当時の福祉管理課職員であったG氏は、その年度内に街の駅にしかまたがB型事業所の分場として事業指定されれば給付費返還の対象にはならないと語った。



 しかし、その後街の駅にしかまたがB型事業所になったという話は聞かず、ならば個別給付と区加算金について不正受給が確定し返還したはずであるが、その事実がこれまで法人ニュース等で公表されたこともない。

私はどこかすっきりしない不全感を心の隅に残したまま、この件をもはや追うのもバカらしい気がして放ったらかした。「どうせ何やかんやと屁理屈こいて大田区はプシケをまた擁護するに違いない。

ふん、なら勝手にしやがれ!」という気分で。



 その当の街の駅にしかまたが、CSにしかまたと改称して再出発と来たので、ぼくは何だか変な気分になった。「

これが彼らの回答か?」という呆れと不信がないまぜになった感情が、私の24年働く地域活動支援センター「コミュニティー・スペース・ア・デイ」通称「CS(シーエス)アデイ」の名と共に沸々と湧いた。

おそらく彼らは何にも考えてはいまい(考えていたとしたらかなり性格悪い)。

それが時に私には空恐ろしく思える。

新たなCSにしかまたの代表は、かつてずさん運営の果ての不正により崩壊した全家連の中枢を担っていた人である。

自立支援法に賛成して大崩壊したあの全家連も、誰がどう責任を取ったのか少なくとも私には全く分からずじまいであった。

実に日本的な絶望的精神性を発揮し、水に流された団体の一つとして長く精神保健福祉の黒歴史に名を残したのが功績と言えば功績だろうか?



 それにしても、どうなのだろう?

もはやこの大田区において25年近く事業を続け、限定的とはいえ名前も定着しているシーエス(コミュニティースペース)アデイと類似した名前をつけることに躊躇や逡巡、遠慮という感性はピクリとも働かなかったのだろうか?



 そういうことを考えたところで意味があるとも思えず、また気分も悪くなるので止したいのだが、「なんでこんなことをするのだろう?」という訳の解らなさは心にどんよりと残る。

とても同じ地域の精神保健福祉の一角を担う者同士という意識など持てようはずもない。

それでも「和を乱すな。協力し合え」だの「細かいことにこだわらずぜひ横の連携を」などと言われたらたまったもんじゃない。

自身の傲慢、厚かましさをどうして見返れないのだろう?

それをこんな駄文で突かれると、上の方の人間ほどすぐ感情的になってキレるばかり。

かくして、自省という言葉をその御仁はついぞ今生では実行せぬまま去り行くこととなる。



 であるから、私は私の吐息のように儚い愚痴をここにこぼし、以下のことのみはっきりさせておくことにする。

この大田区には、これからいわゆる精神保健福祉分野において2か所の「シーエス」が存在することになった。

私がすでに述べたように、この2か所の「シーエス」はまったく縁もゆかりもない(いや、変な縁はあるのかもしれない)。

と言うより真逆の信念と方針に基づいて運営されている事業所である。

もし、2つを関連団体と思ってしまう人が居たら、それは全く違うということをこうしてここに宣言しておく。

シーエスアデイと、CSにしかまたは全く別物である。
2016年11月16日
相模原事件について考え続けること
 先日、沖縄で精神科医をされている旧知のYさんから「相模原事件について自分の現場から考える」と題されたA4で9ページに及ぶ文章が届いた。


 少し前に私がこのHPに書いた文章の一部が、遠く琉球新報にも掲載され、それを読まれたYさんがこのHP全文も読んだことを伝えてくれていた。

そして、Yさんもまたこの相模原事件に衝撃を受け、自分の現場からこの事件について考察し記述することに義務と責任を感じ、一連の事件を巡る報道や論考にはある種の違和感を持っているとのことだった。



 Yさんの文章は、30年以上精神科医療の現場で働きながらその精神科医という仕事の在り方を問い続け、その問いと実践の告白を通して相模原事件を、自らに問われたこととして書かれている。

働く現場こそ違えど、それは25年近く福祉の現場で自問自答と時に失敗を繰り返しながら働いてきた自分自身が重なってしまう。

状態が悪化し入院の必要を周囲から迫られた目の前の患者に、医者として葛藤するYさんの姿が、突如福祉従事者として何とか利用者を入院させようとした自分自身の経験と重なったり、初めて聞いたイソミタール入院という、新人の頃不本意な手段で患者を入院させてしまった自分自身と折り合いをつけられないYさんの苦悩も、それは"強制"という人道的にあってはならない行為が許される(とされてしまう)現場で抱きがちな、ある種の"使命感"を、自分も何度か背負ったことがあり、今もって背負いがちであることが痛感され、淡々とした激しない筆致でありながら、私の心は大きく揺さぶられた。



 人間の、生死や人生に関わる仕事をしていると、「自分のやったことは本当に正しかったのか?」という問いから逃れることは出来ず、それをいつまでと知れず引きずり、その問いに向き合い続け、自分なりに応え続けなければならない。

それは孤独な作業であり多くが精神的苦痛を伴う(それにより心を病んでしまう同業者も複数見て来た)。

しかし、酷なようだけれどこの作業なしに人間と関わる仕事は成り立たないだろう。

そして、おそらく植松容疑者も福祉の仕事に就き、この自問自答にぶつかった。それまでは良かった。そこまでは決して特異でも身勝手でもない。



 Yさんは、福祉施設も精神科医療も意識的に「福祉の場」「治療の場」にしていく努力をしなければ、当事者のための施設ではなく、家族や地域社会、ひいては国家のための場所に転落する危険が常にあると書く。

それは、福祉も医療もそもそもが、どちらも「収容施設」として出発したことによると明快に説明する。

全福祉従事者、医療従事者必読の言葉だろう。我々はそこから出発していることを絶えず批判的に意識しなければならない。

福祉施設も精神科病院も、当事者のニーズより周囲の人たちのニーズが優先されて設置されて来たのだ。

周囲の人たちには当然家族も含むことは言うまでもない。



 福祉施設でいえば、国家の要請通りに再編され動いたことで招いた悲劇が、安易な民営化の流れであり、そのまま障害者自立支援法成立の過程とその後の現況であると私は考えるし、そのことをこれまで発言し続けて来た(しつこいようだが、家族の全国組織はそれを徹頭徹尾支持し続けた)。

そんな悲劇の一つの結末が津久井やまゆり園の殺傷事件であったのだ。

Yさんは、精神科医として患者と向き合い試行錯誤を続ける中で、ヒントとなる実践との出会いと対話を重ね、思考し続け、Yさん自身が変化して行きやがて「患者さんの利益になること以外の目的で医療をしない」という倫理とその実践に達する。

医療従事者として当たり前のことではないかと思われるかもしれないと前置きし、それが精神科医療の現場で実践することの困難さを率直に綴る。

それは、まさに成果と効率優先、すべてにおいて費用対効果を迫られる福祉の現場と共通する実情そのものである。



 私は、30年以上精神科医をされて来たYさんの率直な告白に軽い衝撃と、これまで抱いていた精神科医に対するイメージが変わるのを意識しながら、一つの考えがおぼろげながら見えて来た。



 それは、精神科医療でも福祉施設に従事する者でも、技術や資格を身に付け現場に出ただけでは真に医療従事者にも福祉従事者にもなれはしないという、やはり当たり前なこと、である。

福祉の現場で先輩職員らと共に10年、20年、さらに試行錯誤と自問自答と、なにより自分自身の検証と他者との対話を通さなければ、この仕事はとてもやっては行けないものだという事を今更ながらにYさんの文章を読んで痛感したのであった。

そして、その不可欠な試行錯誤と自問自答を植松容疑者は短絡的に打ち切り対話を省いて凶行への階段を降りて行ったのではないか。

いや、そうであったとして、そもそも植松容疑者の働いていた福祉の現場が、今や多くの現場が陥っているように、試行錯誤も自問自答も対話も許さない、あるのは上意下達と、効率を上げるための管理とその能力を求められるばかりの現場であった。

そして、その管理能力を身に付けるためだけの研修が人事考課制度の導入とセットで、組織の生き残りの為に過密スケジュールで強制される。

より多くの障害者を、効率的に管理する能力を保持することが評価されるという絶望的な現実だけが、彼の凶行の周囲を取り巻いていたのではないだろうか。



 このようなことをいくら書いても闇は晴れてはこないし、闇を不問にし「今までどおり」にただ戻そうとする鈍く強情で強力な圧力を跳ね返すには全く至らない。

しかし、私はその書くことを通じてYさんとの対話を開始し、共感と共に多くを教えられた。

それは障害者を、施設を、法人を効率良く管理する術ではない。

果てることなき自問自答と葛藤を生き抜くためのよって立つ足場と職業倫理である。

けだし、それこそが私の生業に何よりも必要なものであることを、Yさんの論考を読み、さらに強く強く思っている。

相模原事件はとうてい終わりはしないのだ。終わらせるためには、終わったふりだけはしてはいけない。
2016年08月03日
「 福祉なblues U」特別編!
NPO法人「あまのはら」定期刊行誌「あまのはらニュース」より。
障害者自立支援法と最後まで闘って生き延びた日々を、裏も表も天下御免の大放談!
「あまのはら」両作業所所長(ハラキチ&ハラコ)によるスペシャル対談!!「あれから10年経ちました」!!
「2011年8月がこうして生き残ったことに繋がる最大のポイントだった」(ハラキチ)

シーエスアデイ所長 アマノハラキチ(以下「ハラキチ」)
―いやぁお互い10年やって来れたねぇ。もうアタシはこれがないと字が読めなくなっちゃった(と言って100円ショップの老眼鏡をかけてレジュメを見る)。あなたはまだ大丈夫?

雪谷工房所長 アマノハラコ(以下「ハラコ」)
―大丈夫です!(キッパリ)でも、10年って今年の花見の時に言われるまで気付かなくて(笑)、いつの間にか10年経ってたというのは、私としては良い感じです。

ハラキチ―気付かなかったって(笑)、確かに「あぁやっと10年か〜」みたいなもだえ苦しみながらではなく、忙しくも軽やかに過ぎたっていうのは確かに良い感じだね。

ハラコ―私は途中出産があったので(2013年末に無事女児出産!)特にあっという間に感じるのかもしれないけれど、今思い返すとあらためて前回の対談からの5年間でいろいろあったな〜と。

ハラキチ―特に前回の対談(2011年6月22日)から1か月ちょっと後の8月の頭に起きた事は、俺たちがこうして生き残ったことに繋がる最大のポイントだったと思うんだよね。

ハラコ―あの時ホンとバタバタしてどんな流れだったのかだいぶ忘れてしまったのだけど、障害福祉課とのやりとりは覚えています。

※2011年8月2日に突然、大田区障害福祉課が次年度予算案作りの中で、歳入不足により共同作業所への補助金をカットしたいと通告して来る。
8月4日に障害福祉課の課長(当時)と係長(当時)がシーエスアデイに来て、ハラキチ&ハラコと話し合いを持つ。この時大田区が提示して来た内容は、"突然東京都が来年度の補助金を出さないと言って来た(先日は区の都合と言っていた)。ただし、再来年度(2013年度)新障害福祉サービスに事業移行するという事業計画書を提出すれば、来年度(2012年度)だけは補助金を出すとのこと。大田区も現行以上の補助金は出せない(つまり区の補助金はカットしない)。こちら(シーエスアデイと雪谷工房)の事業の意義も理念も承知しているから何とかつぶさないために、理念はそのままでどうか自立支援法内に事業移行してもらえないか?”というものだった。
それに対し「あまのはら」側は"看板だけを変えて中身は変わらずはあり得ない。自立支援法外事業であるからこそ意味がある。新法(当時協議されていた総合福祉法のこと)を待たずに廃止予定の自立支援法へ今から移行しろと言うのは根本的におかしな話。新障害福祉サービスと呼ぶのも間違い"と突っぱねた。課長&係長は"言っていることは分かるがこのままではつぶれてしまうという話"と言って引き揚げる。

ハラコ―どの段階でだったか、「もし、シーエスアデイと雪谷工房が潰れても通所者の行き先は大田区で責任持つから安心して下さい」ってG係長に言われたことは忘れません。

ハラキチ―言われたねぇ、考えてみればこれは脅しだよ。

ハラコ―脅しです。ホンと頭に来ました。

ハラキチ―この話し合いは続くはずだったけれど、結局この1回で終わった。大田区は移行を迫る説得に我々が応じないと知って、もうそれ以上話し合いを持とうとはしなかった。

※区との話し合いの後、東京都が本当に廃止を決めたのかを他区のまだ移行していない作業所にも問い合わせてみたところ、そのこと(作業所廃止)をどこも「聞いていない」という返事。それで一斉に東京都へ直接確認をしてみると、"都としてはなるべく移行してほしいので一応来年度までですよということなのですが、(作業所)廃止というわけではありません…"というはっきりしない返答。これを我々は根拠のない単なる脅しと判断し、あらためて自立支援法への事業移行を拒否する旨を大田区への回答期限日である8月22日に、大田区役所内でG係長に伝える。

ハラキチ―G係長は、都の回答とそのことを他区が知らなかったことに驚きながらも、大田区が根拠にしていた都からの通達を俺たちに見せたんだ。そうしたら、都の主管部長会議の印が押してあるその作業所廃止内容が盛り込まれた通達は「作業所の今後の補助金について(案)」と書かれた、決定したものではなかった。要するにまだ案の段階で強制力のない通達を盾にして大田区はあまのはらに移行を迫ったんだよ。だから、それが効かないと分かったらとっとと引っ込めたのさ。

ハラコ―だからあの時もあっさり…。

ハラキチ―そう、G係長はあっさり「確かにこの文書は正式ではありません。そちらが直接都と確認して廃止でないのならそうなのでしょう」と事もなげに言って、課長と2人してわざわざアデイに来て俺たちに迫った作業所廃止と事業移行を撤回したんだ。それにしても、あの時のG係長のとぼけっぷりは凄かった。平気で嘘ついてまで俺たちに事業移行を迫り、バレたら悪びれもせず引っ込める。行政というのは、役人というのは心底恐ろしいなぁと思ったよ。

ハラコ―私は、作業所が廃止になるなんてあり得ないと思っていたから、潰されるわけはないと思ってました。だって全国にあんなにたくさんあって(最高時6000か所以上)、それぞれがいろんな活動をして利用者もちゃんと居るのに変な法に移行出来ないならつぶすなんて絶対おかしい話です。

ハラキチ―それが普通の感覚なんだと思う。だから俺たちはその普通を通したまで。ところが、結局大田区でも「あまのはら」以外みんな主に就労継続支援B型に移行しちゃった。ちょっと粘っていたところも、結局「移転費用出してやる」等の大田区からの毒まんじゅうにかぶりついて行っちゃった。確かに移転費用欲しいけどね(笑)。でも何のために移行を躊躇(ちゅうちょ)し粘ったのか、もうちょっとそこにこだわってほしかったよね。あまりにもみんな金につられ過ぎでさ。



「儲けを出せない地域活動支援センターで良いです」(ハラコ)

※大田区で最後に残った精神障害者共同作業所として、さらに1年続いたシーエスアデイと雪谷工房だったが、翌2012年の8月に今度は本当に東京都が2013年度の共同作業所廃止を決定し、再度「あまのはら」は、やりようによっては儲かるが作業所とは中身も性質も根本的に違う就労継続支援B型に移行するか、作業所と中身は同じであるがあくまで大田区独自の事業であり、作業所より年間で800万円以上の補助金減となる地域活動支援センターに移行するかのどちらかを迫られた。
ハラキチ&ハラコは、ここまで作業所として残り、作業所であるからこそ利用者のニーズもあるCSAとU工房が現行規模で事業継続出来るよう、地域活動支援センターの補助金額を上げてほしいという意見書を携えて、G係長から替わったS係長と事務方のK氏とちょうどお盆休み直前に区役所内で話し合いを持った。そこで大田区側が出してきたのは、こちらのまったく想定外であった地域活動支援センター事業(基礎的+U型)に相談支援事業と生活サポート事業の補助金を足して、ほぼ共同作業所の年間補助金と同額にするという案であった。

ハラコ―こっちはもう必死の覚悟で行ったのに、いきなり向こうから今の補助金額を提案して来たからびっくりして目が点になりました。

ハラキチ―びっくりし過ぎて最初訳が分かんなかったよね!?

ハラコ―そうです。その時は「やったぁ!」なんて感情は起きず、えっ!?なんで急に手のひら返したみたいにってしか思えなかった。

ハラキチ―それも簡単な表でね(笑)。現行共同作業所の補助金額と地域活動支援センターU型へ移行した時の補助金額が載っていて、相談支援事業と生活サポート事業をくっつけることでほぼ現行と同額の補助金になることが示されていた。それをS係長が「これでどうでしょうか?」と聞いてくるから、良いも悪いもないよね(笑)。

ハラコ―(笑)

ハラキチ―あれだけ「これ以上は(補助金)出せません」ってずっと言って来て「そちらがつぶれても大丈夫ですから」みたいな脅しもして来た大田区が、わざわざ俺たちが延命出来るための補助金額を向こうから用意して提示して来たのはいったいなんでなんだろうね?

ハラコ―なんでなんでしょうね〜。不思議です。

ハラキチ―やっぱり前年突っぱねたのが効いていたんだと思うなぁ。もうこの人らはどう言ったって移行はしない。しかしつぶすわけにも行かないという判断。「つぶれても大丈夫」というのもやっぱり脅しだったんじゃないか?最初は本当につぶそうとしたのかもしれないけれど…。

ハラコ―移行出来ないならつぶすというのはやっぱりおかしいんです。提案されてしばらくは信じられなかったけれど…後からやっぱりホッとしましたね。

ハラキチ―まぁ、それで何とか共同作業所と同じ補助金を保障された地域活動支援センターとして生き延びたわけだけれど、それはこれまでと同じというだけで決して増額ではない。つまり、これからも延々と続く貧乏との新たな闘いが始まったわけで(笑)。あれから3年地活を運営して来て、改めてこの利益を出せない、余れば区に返還という地活の補助金についてどう思ってる?儲けることが許されない今や唯一の社会福祉事業ですよ、地活は(笑)。

ハラコ―別に儲けなくて良いです(キッパリ)。でも社会福祉ってそういうもんじゃないのかなぁ。確かにやりくりは大変だけど出来たら(補助金)上げてほしいけれど、地活の補助金でかまわない。

ハラキチ―俺も儲けの出せないこの補助金体系で良いと思っている。施設維持に必要な経費(建物修繕とか)は別途出してもらいたいとは思うけれど、儲けを出さないからこそ公助として社会福祉が成り立つのだと思う。驚いたことに、今や社会保障と福祉は自助と共助が基本で公助は一番最後で補足的に位置付けられている。総合支援法改正のための社会保障審議会の議事録に当然の如くそう書かれていてびっくりした。しかもそのことについて審議会で異論が出ない。オイオイ社会福祉って公助が原則じゃないのかよ?!まぁ、自立支援法が決定打だったんだろうけど。

ハラコ―村木厚子さんは本当にとんでもない法律を作りましたね。五十嵐さんが今回ニュースの冒頭にも書いたけれど、本当に今の学校で社会福祉をどうやって教えているんだろう?



「株式会社がどんどん参入して来て現状はさらに混沌としている」(ハラキチ)

ハラキチ―就労継続支援B型事業への移行を拒否した我々だけれど、当時移行した者(元作業所)たちの一番の移行理由は「安定」を求めてだった。でも現状はどうだろう?予想はしていたけれどそれ以上に民間企業(株式会社)が参入して来て、それがたとえ同じ事業でも社会福祉法人へは行政の監査が入るのに株式会社には入らず野放し。結果、給付金の不正受給や、実態の伴っていない事業所が続出しているにもかかわらず、改善は進んでいるとは思えない。これはまさに自助と共助がメイン社会福祉の招いた状況であるし、社福法人と株式会社のダブルスタンダードがまかり通っている混沌状態。はっきり言って5年前よりも今の方が混沌としているよ。だから「安定」なんかを求めても意味はないし、そもそもないんだよ、そんなもの(キッパリ)。

ハラコ―ホンと混沌としてますよね。株式会社はとても増えたし。ハローワークの求人も株式会社が経営する就労継続支援A型事業所がかなり多くなっているし。

ハラキチ―就Aは今や全国で2400か所もある。大田区には株式会社の就Aはまだ参入していないけれど、入って来たらさらに混沌は増すだろう。なにせ株式会社就Aは、就Bより短い作業時間で作業量も少ないにもかかわらず、最低賃金(東京907円)を出す所が増えているから。就Aの多くは1日4時間で週5日勤務の雇用契約を結ぶパターンが多い。一見、精神障害の人にとっては働きやすい短時間だけれど、実はそれがもっとも事業所にとって都合が良い雇用形態だから。利用者1日分の報酬を最大限もらうには週5日来てもらうのが一番。ところが6時間も働かれると仕事が無くなってしまうので、規定最低ラインの週20時間にあたる1日4時間勤務にする。それでも仕事が回らず自習をしてもらったり、行事をやったり読書してもらっているなんていう事業所も実際にある。

ハラコ―えっ?それで最低賃金出るんですか?

ハラキチ―出る。仕事で得た事業収入を賃金に回すだけでなく、利用者1日あたりで入る報酬からも給料に回す。1人7000円の報酬が1日で入って来たとして半額を給料に回しても残り半額は事業所に入る計算になる。就Bもそうだろうけれど、我々も工賃は本来授産(作業)収入から出し、それ以外は授産活動にかかった必要経費のみを計上するはずだけれど、株式会社就Aでは監査もないから(報酬を給料に回すこと)割とまかり通っているし、今のところ別に違反じゃないわけ。

ハラコ―そんなことになっているんですか…。

ハラキチ―一応社会保障審議会でも現状の就Aの在り方や、就労移行支援事業から就労した先の多くが結局就Aであること、それが就労実績にカウントされていること等が問題視はされていたけれど、流れとしては(株式会社の)参入を奨励していることに変わりはない。

ハラコ―なんかそういうのって不安になります。

ハラキチ―うん、分かる。その不安は別に自分たちの仕事が奪われるとかじゃなくてね(ハラコ「そうそう、そうじゃなくて」)。こんなにまで社会福祉の世界は変わってしまったのかという不安と言うか心配と言うか、これで本当に良いのかっていうね。で、そう考えればさ、やっぱり5年前にこんな混沌とする業界の同じ土俵に乗らなくて本当に良かったと思わない?

ハラコ―うん、絶対
そう思います!乗らなくて良かったです。



「本当に残りカスになった気分は?」(ハラキチ)「別に残りカスで良いです」(ハラコ)

ハラキチ―そうして、現在の混沌の中であまのはらは、都内でも珍しい2か所の地域活動支援センターとして作業所時代と変わらぬ施設で在り続けているわけだけれど、5年前は「残りカスを目指そう」とよく言っていたわけですよ。それが結局本当に残りカスになっちゃった(笑)。で、本当に残りカスになった気分は?

ハラコ―(笑)別に残りカスで良いけど。

ハラキチ―(笑)今から別の事業に打って出るとか手を広げようという気は?

ハラコ―全くないです(即答)。

ハラキチ―なんか新しいことやるとか?

ハラコ―出来ない!(悲鳴っぽく)(ハラキチ笑))。もう今で十分。もちろん、やっぱり私たちがやっていることをもっと認められてほしいというか、こういう所はこれからも絶対残って行かなきゃいけないと思うから。自治体とか…国からお金が出るようになれば一番だけど、今後どうなるか分からないけれど、そうなるため(認められる)にはやり続けないと(移行した)他の所と同じになるわけだから…と思います。

ハラキチ―俺が10年やって来て確信しているのは、やっぱり見る人は見ているし届く人には届くんだということ。たくさんの人には届かないし、たくさんの人には分かってもらえないし、それで自分たちが良い思いをするわけでもないんだけれど、ぼくらの発信を通してあまのはらとその団体とか、あまのはらとその個人という感じで繋がりが出来る。それってかなり確かだと思う。組織を大きくすることを最初から目論んで集まったり、ネットワークなんて言ってそれぞれが薄まってしまうより、個と個でしっかり繋がることが大事なんだと思う。政治力は持たないけれどその方がよっぽど確かな力にはなる。それは、自分たちだけで発信して自分たちだけでそれを続けて来たからこそだと思う。それで行けば、ぼくらが事業を広げるっていうのはまず物理的に無理な話なんだけど(笑)。
絶対やっちゃいけないのは、今の現場がおろそかになったり回らなくなるようなこと。それはダメだから。無責任なことになっちゃうから。ということは、「あまのはら」は今後何にも手を広げないと。

ハラコ―(笑)でもそれは積極的に…ということですよね?

ハラキチ―あぁ〜積極的に何もやらないと(笑)。面白い日本語だ(笑)。怠けてるんじゃなくてね。

ハラコ―そうです。広げて行くと結局散らばってしまって散らかって行くから…無責任になるっていうのもそうだけど私はそういう風には仕事したくない。

ハラキチ―まぁ、タイプもあるんだろうね。新しい制度なんかが出来るとやたら飛びつく人とか、新しいことを常に始めないと落ち着かない人とか居るじゃない。俺たちは2人ともそういうタイプじゃないんだよ。なるべくシンプルに一つのことをやって行きたいというのは、俺はそうです。

ハラコ―私も。



「介護保険との統合も共同作業所のやり方で対応する」(ハラキチ)
「単純に年齢で区切らない」(ハラコ)

ハラキチ―そして今後は遠からぬうちに介護保険との統合問題、まぁ65歳を過ぎた利用者のことというのが出て来る。例の社保審でも、総合支援法の改正論議で唐突にあたかも65歳を過ぎた障害福祉サービス問題の解決策かのように、障害者事業所で介護事業も出来るようにするべきだと言った意見が盛り込まれた。これは厚労省の意図的な操作だろう。今ある事業所にさらに規制緩和して新たな事業を担わせるという無責任極まるやり方だけれど、これは気を付けないと変な説得力を持つ可能性がある。利用者の家族にしてみたら、高齢化した自分の子供がこれまで利用して来た事業所にそのまま居続けられることを望むことは大いに考えられるし、これまで利用して来た障害者施設が高齢者福祉も担ってくれるのを歓迎するのじゃないかと思う。でもね、要介護になった利用者をそれでも「ここに来なさい」って、にわか仕込みで介護を覚えて劣悪なスタッフ体制の中、下手な介護をやって利用し続けてもらうより、もし利用者が介護の必要な状態になったら、しかるべき介護サービスを受けられるように我々が関係機関と協力して繋いで行くべきなんだ。

ハラコ―その人が来られる限りは年齢で区切るのではなく作業所の利用者として来てもらうけれど。

ハラキチ―そう。そして今後この事業統合も、障害者個別給付事業と介護保険事業とで報酬請求実務をどう分けて行くか、サービス料の本人負担をどうして行くかという話になって行く。そういう時に障害支援区分も計画相談、サービス等利用計画も要らない作業所のままの我々ははっきり言って関係ない。でもそれで良いんであって、これまで作業所でやって来たように、本人が希望して来られるうちは来てもらう。介護が必要になったら丁寧にそちらに繋げて行く。この体制の中で「介護もやりますからずっとウチに来て」というのは、それこそ無責任だよ。

ハラコ―65歳を過ぎても本人がここ(作業所)に来れて働くことを希望すれば今まで通り。

ハラキチ―うん。そう考えれば自立支援法以前、作業所には年齢で区切られる契約も制度もなくあらゆるタイプの人が利用していた。それこそ最賃出すくらい稼ぐところもあれば、全く授産収入のない所もあったし、高齢者の多く居た所も。確かに問題起こした所もあったしひどい作業所もあったろうけれど、本当に作業所を廃止しなければならなかったんだろうか?十分多種多様なニーズに、逆に今より応えていたんじゃないかと思えてならない。

ハラコ―私もそう思います。

ハラキチ―けれど、きっと「利用者のニーズに応える」という名の下に介護に手を出し事業を拡大して行く所がこれから増えて行き、手を出さない我々なんかは「なぜ必要とされるニーズに応えないのか?」という見方をされるだろう。新たな事業に手を広げて行く人たちの理屈は、「必要なんだからやらなきゃだめでしょ。必要なものを作って行くのが私たちの仕事なんだから、事業を拡げないというのは怠慢だ」という考え方で、でも、俺たちの考えと言うのはそうではなくて、事業を拡げるというのがどれだけの責任とリスクを負うものなのか、そこを無責任に拡げるというのは逆に拡げないことより悪いことじゃないか?

ハラコ―そうなんです!(ハラキチ「良いこと言った?」)はい、良いこと言いました。その通りです。中途半端にやると無責任になるんです。すごく。

ハラキチ―そうならないために、ここでこれまでのように年齢や保険などで分けたり切ったりせずに、作業所がやって来たことはそうじゃないから、これからもそこらへんをゆるくやって行くのが良いんじゃないかと思う。俺たちはこれで介護保険との統合を迎え撃てば良い。



「補助金が今後も固定なら今働いている職員の給与を一緒にする」(ハラキチ)
「私も前からいずれそうするしかないと思っていました」(ハラコ

ハラキチ―先日、手の空いている時にネットで自分の今の家族構成で生活保護基準額を調べてみたら、俺の今の給料は生活保護基準以下だったよ(苦笑)。まぁ賞与があるから年収では基準額を超すと思うんだけれど、5人世帯だと月額は2万円以上生活保護基準より少ない。どうりで生活が苦しいわけだと思ったよ(笑)。でもこれは仕方がないと思っている。もともと作業所と出会った時に「作業所は食えないよ。止めときな」と名古屋の某作業所所長に言われて「よっしゃ、やってやろう」と思って働き出したくらいだから(笑)。まぁ、そんなしみったれた話はさておき、1円も上がらぬ補助金額をやりくりしながらこれから果てしなく続く貧乏との闘いをどう乗り切るかだ。

ハラコ―そうですね。どうしていったら良いんだろう…。

ハラキチ―で、考えたのは、と言うか考えなくても(笑)、もうまったく補助金が上がらないのだから給料が上がるはずもない。だったらここまで一緒に働いて来た職員はみな同じ給与にしてしまおう。あまのはら全員同一賃金構想ですよ。社会保険料や税金は変わるけれど同じにしてしまえば計算も楽でしょ(笑)。もちろん補助金上がれば話は別よ。昇給しますよもちろん。

ハラコ―私もそれは思ってました。昇給止まった人に追い付いたらみんなで合わせようとはずっと思っていて、2人(雪谷工房の2人の職員)にもそれを何となく話したことあるし。

ハラキチ―なぁんだ(笑)、同じこと考えていたのか。

ハラコ―だってそれしかないですよね。(補助金)上がらないんだから。実際あまのはらもみんな同じ条件でここまで一緒に働いているし、(給料が)同じでも別に良いですよね。

ハラキチ―それを実現させたらそのことをぜひ発信したいと思っているんだ。

ハラコ―それってそんなに(発信するほど)特別なことですかね?当たり前じゃないんですか?

ハラキチ―いやいや、我々自体がすでに特殊なんですから(笑)。これはある種の儲け主義へのアンチテーゼにもなるのではと思っているし、現実に見合わない補助金基準額への批判にもしたい。そして同一賃金になったら「あまのはら」が一つの完成形になるような気がする。ここまで流れに逆らって流されずに一緒にやって来て、その為に俺たちはお互いを競争相手ではなく何でもシェアしながらやって来た。そのことの到達点というか。まぁたかだか金のことではあるんだけれど、一つの象徴と言うかね。でも、俺は法人立ち上げた時からそれは考えていたよ。いつかそうなるだろうって。

ハラコ―私だってずっと前からですよ。いつからだろう?それこそ所長になった時くらいから?いつかそうなるんだろうなぁ。そうしなきゃなぁって。

ハラキチ―もっと早く言えば良かったな(笑)。まぁ実際本当に合わせるとなると慎重な摺合せも必要になるから、今年度くらいから考え出してね。でもこれを発信すると要らぬ誤解を生むかな。福祉職の低賃金をあたかも奨励しているような…そうではないのでそこは慎重にやらなきゃな。まぁでも今更俺たちが誤解なんか恐れる必要もないけどね。

ハラコ―そうだったのかぁ。ハラキチさんが最近そのこと言ってたのはそういう理由だったんですね。私はどこも当然そうするんだろうと思ってたから。それは特殊なのかぁ…。(ハラキチ「特殊です」)

ハラキチ―でもねぇ。お互い10年同じ価値観でやってこれたのは良かったよねぇ。(ハラコ「良かったです」)10年ぶれてないからねぇ俺たちは。一つの法に抵抗してその理念を拒否して何とか生き残って、基本的に自分たちは変わっていないから。周囲はものすごく変わったけれどね。それで、給料まで一緒にしようという(笑)。これは奇跡ですよ。まさに奇跡の作業所(大笑)。(ハラコ(大笑))



「ベストパートナーってことじゃないですか」(ハラキチ)「そう思います」(ハラコ)

ハラキチ―ホンとこれまで10年間、一度もお互いに対して「勘弁してくださいよ〜」ってならなかったよね。G係長から脅された時もそうだったけど、いろんな節目節目、どんな局面でも「どうする?」っていう時にお互い一致してやってこれた。

ハラコ―でもそれは私だけだったら全然ちゃんとした判断が出来なかったと思うんですよ。(ハラキチ「ホンとっすか!?」ハラコ「うん」)だから、それはホンとにハラキチさんの言う通りについて行ったっていうのもあるけど(笑)、でもそれは今までいろんなことがあってその都度話し合って全面的に信頼してるし尊敬しているから。なんというかその言いなりじゃないけど、節目節目で私もけっこう行政とかから威張って言われちゃったりすると「そうなのかな」とか思っちゃうかなって…でもそこをハラキチさんはいつも裏のというか(笑)、(ハラキチ「裏技(笑)」)そうやって言われたことを真に受けずに別の見方と考え方で切り返してくれたから…私はそれが正しかったと思っているし、こうやって正しい方に来たなぁと思っているんですけど。

ハラキチ―それはそういう感性がハラコさんに元々あったからだよ。でなかったら俺の裏読み自体を受け入れられなかったと思うんだよね。俺はもともと権力のある人、行政や国の言う事はすべて疑ってかかりまともに受け止めないことが身に付いちゃっているひねくれ者だから、すぐに別のやり方を探す(苦笑)。でもそれは流されないためには必要だと思っている。ただもし、俺もハラコさんも共に圧力に押し流されて個別給付(就労継続B型)に移行したとして、絶対すぐ後悔して、おそらく10年も一緒にやれなかったんじゃないか。生活の為とか打算的な理由で続けざるを得なかったとしても、俺たちは続かなかったろう。だから他ではないこのやり方でここまでやって来れた…。まぁ、そういう意味ではベストパートナーっていうことじゃないですか(笑)。

ハラコ―(笑い)そう思います。



「5年前と結論は同じってことですね」(ハラキチ)「私はそうなると思っていました(笑)」(ハラコ)

ハラキチ―なかなか良い感じでまとまって来た気がしますが、まぁ要するに5年前と結論は同じっていう事ですね。(ハラコ「はい(笑)」)今を続けるという(笑)。

ハラコ―私はなんかそうなるかなぁと思ってました(笑)。

ハラキチ―事業を拡げることはしない。介護保険との統合についてはこれまでの作業所のやり方で対応する。契約と受給者証取得を急がせる株式会社に対しては、時間をかけて丁寧に、やはりこれまで作業所でやって来た急がせない利用者とのマッチングをこちらは続け、一人一人と向き合って行く。それしかないからね。その変わらぬ看板を掲げ続けて必要がなくなればそれまでだけれど、必要がある限りはね。それをこれからも発信し続けてやって行きましょう。

ハラコ―はい。代わり映えはしないけれど(笑)。

ハラキチ―それがウチらしくて良いじゃない。(ハラコ―「そうですね」)

ハラキチ&ハラコ―では、5年ぶりの対談お疲れ様でした〜。        


〜つづく〜
2016年7月某日 特定非営利活動法人あまのはら 雪谷工房にて  (あまのはらニュース第20号より)
2016年06月30日
あまのはら10周年と参議院選挙
 あまのはらの10年を振り返るために、これまで自分の書いてきた法人ニュースの記事を読み返してみた(おそらく後年読み返すことを想定したのだろう、我ながら分かりやすく時系列で事実を記述してある)。

中でも2009年の12月発行の7号から、2012年の7月発行の12号までは、まさに民主党政権誕生による障害者自立支援法廃止決定から、あっという間に民主党が裏切り廃止の撤回&自公と組んで改正法への変節時期に当たり、まさにジェットコースターに乗っているような急転直下の連続である。



 今読み返すと、この時期実に足繁く国会傍聴と抗議行動に参加していたことをあらためて驚くとともに、ぼくのこれまでの人生の中でもっとも国政を身近に感じ我がこととして体感した時期であったのだと思う。

そしてそれは、感性で分かっていた政治という茶番劇を間近で直に目撃したということであり、元々嫌いであった政治をある意味見限り、その土俵上で社会を変えて行くことの不徹底さと危うさ虚しさを痛感し、決して積極的にそれには関わらないことを自分に任じた貴重な経験であった。

良くも悪くもそこには権力、反権力分け隔てなく人間社会のあらゆる胡散臭さが凝縮していた。



 さて、現在日本は7月10日投開票の参議院選挙に向けてにわかに騒がしい。

しかし、ぼく自身はこれまで以上にこの選挙に関心が向かずまったく盛り上がれない。

改憲を許すか許さぬかの大事な選挙なのかもしれぬが、果たしてもし改憲を今回食い止めたとして、食い止めた野党連合は改憲などせずに、現実を憲法に合わせるための努力をひたぶるやるであろうか?

もはや世界屈指の兵器を揃え、膨れ過ぎている日本の防衛費を人殺しの為の予算と言って(何が悪いのだろう?)、共産党の某議員が党の指示で役職を解かれたように総右傾化と体制翼賛が進むだけではないだろうか?

そんな野党共闘にまつわる疑念が相当強いのを自覚しながら、かつて自分の書いた法人ニュースを再読してぼくは合点がいった。



 つまりそれほどまでに、あの時(民主党政権)のあっという間に変節した裏切りの言動は許し難い暴挙に次ぐ暴挙であり、およそ人間性の欠片もない行為であったのだ。

正直に言って、ぼくは現安倍政権に対してあの時の民主党政権の政治家ほどには怒ってはいないのだ。

さらに、その前の自立支援法を出来させた小泉政権に対してよりもやはり怒っていない。

安倍晋三は小泉内閣と民主党政権時に敷かれたレールにただ乗っかり、その路線を割と強引に押し進めているだけだ。

今の政情は彼のオリジナルじゃあない(もちろん改憲然り)。

その前から着々と準備されていたものだ。

だから今さら感がどうにも拭えない。



 あの時、法の廃止と違憲訴訟原告団への心からの謝罪を、何の言い訳も説明もなしに撤回した長妻のような元厚労大臣がどっかと居座り党の一つの顔となっている旧民主党。

その党と共闘して野党統一候補で安倍政権を倒す?倒せば良いさ。

そりゃあ倒した方が良かろう。

けれど、ぼくはあなた方に決して熱狂しない。

あなた方を他人に薦めもしない。

しかし、積極的投票拒否権を行使する決心までには至らない。

ゆえに消極的選挙権を行使するしかない。

つまり意にそぐわない共闘でも支持し、万が一意にそぐわない共闘政治が出来した時に、その責任を自らにも感じつつ出現した光景を自分の目に焼き付ける他はないだろうと観念している。
2016年04月28日
「嫌味な福祉」
 先日とても腹立たしいことがあった。



 1円も上がらぬ補助金ゆえに、我が地域活動支援センターの運営はカツカツであることは何度も書いていることであるが、当然ながらそのためにハラキチは運営者として出来る限りの経費削減努力(給与昇給ストップを筆頭に)をやっている。



 その一環で、支出で職員給与の次に大きい某必要経費を少しでも減額出来ないかと、契約更新の度に某必要経費を支払う相手に交渉(というよりお願い)をしているのだが、それが今回1万円の減額の了承を得て新たな契約を結ぶことになった。

喜び勇んで再契約を結ぼうとしたまさにその時、その某必要経費受領者がボソッと、だがこちらを挑発するように「本当はそんなに厳しくないらしいね。やりようによっては儲かるって聞いたよ」と確かに言った。

私は瞬間的にその「言った」人物を特定し「Mさんですね?」と問うたところ、某受領者はにんまりしながら頷いた。

M氏はこの地域で就労継続B型事業所を複数経営している大田区では名の知れた人物である。

某必要経費受領者は、知己でもありこの街で名の知れたM氏にわざわざこちらがお願いした値下げ要求の正当性を尋ねていたのであった。

なかなかに良い性格をしているではないか。



 しかし、ハラキチが解せないのはこちらと契約関係にある某者の行為よりも、名士と誉れも高いM氏の発言の方だ。



 なぜならかつてM氏は就労継続B型だけでなく、我々と同じ地域活動支援センター(ただしB型に付属させるおまけみたいな扱いで)もやっていたのだ。

そうしておそらく結局地活が全く儲けの上げられない事業と分かって見限り、2年ほど前に複数の就労継続B型経営に切り替えたはずなのだ。

であるからして、地域活動支援センターの運営のカツカツさは既知のはずで、なおかつ単年度決算のため余れば大田区へ補助金返還という、利益の積み上げを許されない事業であることも無論のこと承知のはず。

こちらがまさか地活をやっているとは知らないということもあり得ない。

あまのはらがおっとせいの群れの中で、反対を向いたおっとせいよろしく就Bには移行せず、あえて本体ごと地活(要するにおまけ扱いでなしに)となった話は相当新参者のモグリでなければ誰もが知るところだからだ。



 と言うことは、M氏はそういう我々の事情を知っていてわざと「(運営が)厳しいことはない」と言ったことになる。

なぜそんなデタラメを言ったのか?真意は知る由もないが、実に狭量で意地の悪い行為であることだけは分かる。

ハラキチはかねてより福祉で金儲けをすること即ち堕落の始まりであると吠えているが、M氏の事業所をピンポイントで攻撃したことも悪評流したこともない。

M氏の所が羽振り良く儲けていようが知ったことではない。

勝手にしやがれ!である。

しかし、M氏がこちらと契約関係にある某者に、問われたからとはいえこちらが不利になるような、しかも事実と違うことを吹聴したことは断固として抗議したい。

だがしかし、私にはどこかでM氏がそんなことをするはずがないという思いもある。

他でもない人格者として音に聞くM氏である。そんな行為をするわけがないと思いたい。

ゆえに、今回のこのコラムは人物と内容を特定出来ないようにいつも以上に匿名性を重視した。

そこのところを読まれた方にはご理解いただきたい。 



 まぁ結果的に言えば、契約はこちらの要求が呑まれて無事成立したわけだから良いのだが、あの場面で実に嫌味な一言を聞き一瞬にしてハラキチの怒りは瞬間湯沸かし器の如く燃えたぎった。

それでもにこやかに「それはですね、M氏の所とウチとでは事業の性質も中身もお金の出方も違うんですよ〜」と出来るだけ分かりやすく説明をした(つもり)。

某者は納得行ったんだか行かないんだか「ふ〜ん」といったリアクションで返し、ハラキチはそれを背にその場を立ち去った。

押印済みの契約書をしっかり手に持って。
2016年03月30日
「問われない闇」
 大田区長の公約であり、昨年3月に鳴り物入りで開所した障がい者総合サポートセンターの初代統括業務責任者であったN氏が、就任後わずか5か月でその職を負われた事実は、この間サポートセンター側からも大田区からも公式非公式何の発表もなく、同業他者間でも話題に上ることもなく、ありていに言えば何事もなかったかのように過ぎている。



 こんなことは、この国のいたる所でおそらく毎日無数に起きている事件の一つであり、多少の追及がされても人目に晒されるニュースとなるのはほんのごく一部なのだろう。



 それがこの国を今なお日々動かし日常たらしめている、政治学者の丸山真男氏がかつて命名したところの日本人独特の「つぎつぎになりゆくいきほひ」というやつなのだと思う。

齢47になろうとしているハラキチは、今さらそのことに青筋立てて告発を試みる気概もその意義も見出せないのだが、ただ知り考え問うという行為だけは辞めることなく続けている次第。



 それゆえに、この拙文もあくまでハラキチ個人の問いかけであってそれ以上でも以下でもない。

人を抱き込み、時に利用し組織することほどハラキチにとって嫌いな営為は無く、ただただ自分にとっての自然の行為として発するだけである。


 
 いつも通り、これを読み怒り、憤慨し、傷つき、陰口を言いたくなり、虚を突かれた気になったり、なにか自身を問うてみたいような気持ちに一時なってくれたら幸いである。

それで何が起ころうと起こらなかろうとどうでも良い。

私は表現者であり事業責任者であるかもしれないが、活動家でも起業家でも一発屋でも全くないのだから。



 ご存じの通り、障がい者総合サポートセンターは一般公募と言う名の出来レースの末に、東京都育成会(以後略して都育)が大田区から運営委託と指定管理を受けてスタートし、消えたN氏は都育からの生え抜きとして南六郷福祉園の園長職から異動して来た。

ハラキチは直接対面したことはないが、どうも同い年であったらしく、またその言動からは障害者自立支援法への賛同と積極的な推進が伺えたとのことを聞いた。

要するに福祉をビジネス化することに熱心な方だったのだろう。



 しかし、このN氏は南六郷福祉園の園長時代から腹心の事務係長とグルになって自身の給与を不正に水増ししていた。

それをサポートセンターに異動してからも続けてあえなく発覚(おかしいと感じた後継の南六郷福祉園の園長が指摘したらしいが、その後継園長は現在果たして無事だろうか?)。

区議会でも取り上げざるを得ない事態となり、一応引責辞任と、聞くところによると不正受給額約800万円を返済して去ったということだ(後に連座したもの含めるとその額の数倍であったことが分かる)。



 ハラキチは都育施設でライブもしており、都育で働く仲間もいる。

けれど、特に現場で働く都育職員にこの元園長の不正事件についてなんら説明も報告もなく、逆にあろうことかこの事件と無関係の園長クラスの別の人間が処分を受け、都育組織の上層部の中でだけ処理して幕引きを図ったようだ。

そして、障がい者総合サポートセンターもその広報等を見る限り、後任の統括業務責任者の就任挨拶が載っているばかりで"なかったこと"で済ませているようなのだ。



 しかし、このような幕引きで果たして本当に良いのだろうか?

そうして、これからも何事かあったのに何事もなかったかのように我々はサポートセンターに接し、時に利用し協力し合ってお互いいつしか過去恥部を忘却して行くのだろうか?

そのように腐った組織はそのまま続き、我々はそれを承知で時に鼻をつまみながらも手を結び「大田区の地域福祉を充実させよう!」云々のスローガンや花火を打ち上げ続け、時に集まりだべり(もちろん過去恥部には触れず)、そんなことで大田区は活気があると、組織を超えて連携しているぞと自賛し続けるのだろうか?

あまりにも情けなくお粗末でバカらしいことではないか!?

クソッタレではないか!?

すべてを明らかにし、区報に事の顛末を載せ、区議会で松原区長は「自分の公約事業のスタートで、のっけから不祥事を起こしてしまい申し訳ありませんでした」と謝罪すべきではなかったか?

そして、都育などの一部団体とのべったり指定管理関係を見直し、行政はやたらと民間に丸投げする安直過ぎる「出来れば良い」「建てれば良い」式福祉施策をこの機に止めるべきではないか!?



 そんな腐った組織の構造は、何も巨大組織東京都育成会に限った問題ではない。

大田区行政にだってあるだろうし、ハラキチの働く元小規模作業所にだってかつて不正があった。

それは一度だけではなく、ハラキチが直接その処理にたずさわった一件については、当時全力で対応を考え非力弱小団体ゆえに全所が角を突き合わせてケンケンゴウゴウやり合って何とか民事で解決したものの、その解決法が果たして本当に正しかったのか未だに確信が持てないでいる(他に良い策があったとも思えないが)。

そういう過去の苦き過ちを、いつまでも何度でも振り返りながら、時には背負い時にはズルズルと引きずって我々はやって行くべきではないだろうか?

殊に人間の業としか呼びようのない心の屈折や許容しかねる自尊心を日々見聞き、やるかやられるかの魂のやり取りの繰り広げられる福祉の現場(精神では特にか?)ではなおさらキレイごとで済ませてはいけないと思う。



 不正を働いていた元東京都育成会職員であり大田区立障がい者総合サポートセンター統括業務責任者であったN氏が、福祉従事者としていったいどんな職業倫理の堕落に陥っていたのかを出来るだけ深く知り、それを手前にも巣食う可能性のある闇であることを自覚し見つめること、その行為なしに連携もネットワークも自立支援協議もあったものじゃあない。

そうでなければ総合支援法改悪によりさらに加速する効率優先、成果主義、競争原理の福祉の流れを止めることもそれに抗うことも出来るはずもない。障害者自立支援法精神が、いまや空気のように蔓延していることを指摘するまでもなく。



法作成の中心人物であった村木厚子氏は正義の名声を維持したまま退職し、これまでの高級官僚と同じく巨大企業の社外取締役に見事天下り着地した。

彼女がキャンペンガールまで務めた自立支援法の下で喘ぎつぶし合い、と思いきややたらと手を取り合っている下々たちの迷走をよそに。

でもこれがまぎれもない現実。逃れようのない現実。だから、私は私の道を行くしかない。

闇を見つめ問うことはやめられない。
2015年09月04日
「あまのはらニュース18号の訂正と余聞」
 7月末にあまのはらニュースの最新号を送付し、早速我が兄貴分であるM氏より私の書いた特集記事中の誤りのご指摘をいただいた。



 私の拙文をこちらの書いた意図を汲みつつ読んでいただき、その趣旨に賛意を表明した上で、現行制度の最新状況はさらにハードにえげつなく成果主義を深化させていることを教えて頂いた。



 今回のニュースで私が、障害福祉分野に浸透した成果主義の事例として挙げたのは、就労継続支援事業B型事業所に支払われる報酬の中の「目標工賃達成加算」についてであり、その制度自体目まぐるしく毎年のように改定を重ねているシロモノだが、今回私が特集に最新と認識して書いた加算の内容は、実は一部前年度までの古い加算内容であったのだ。

私が書いたのは2パターンの加算であったが、それは26年度までのもので、27年度からは3パターンに加算要件が増えていた。



 因みに正しい加算基準をここに記すと、

T最低賃金の1/2&目標工賃額以上(2015年度新設、ニュースには記述なし)

U最低賃金の1/3&目標工賃額以上(ニュースではこれをTと記述してあり、これは2014年度以前の規準T)

V都内施設種別平均の80%超(これをニュースではUと記述)
 
であるが、それ以外にもニュースでは加算のVだけに課せられたと書いた「工賃向上計画」の作成は、実は2015年度に新設されたT〜V共通の要件であったのだ。

そして、もう一つ2つの(実際は3つ)加算基準に共通と書いた「前年度実績が前々年度以上であること」も2015年度に新設されたT〜V共通要件であった。



 こんなことは、就労継続B型事業所であれば誰もが知っていることだろうが、地域活動支援センターというまったく別感覚、別基準(なにせ目標工賃達成加算そのものがないし、利用者の利用日数以外に実績に伴って増額する補助金はない)の事業所を運営していると、まるで異次元の話を知るかの如く雲をつかむようなあり得ない感覚で制度を知る状態であった。

それが今回の誤りの原因であろう。

ならばあらかじめM氏等に確認作業をしながら執筆すれば良いモノを、これも便利すぎるネットのみに頼り、仕事の合間にPCで厚労省の資料を引っ張って来て付け焼刃で調べたというのが実情である。

しかも、そのネットから知れる厚労省資料は古いものも混在しており、混乱しながらそれでも最新のものをチョイスして書いたつもりでいたのだった。



 さて、ここからが日本人特有の居直り開き直りとなってしまうのだが、M氏も認めてくれたが、今号の特集でぼくが障害者福祉に導入された成果主義を具現化した仕組みとして目標工賃達成加算や工賃倍増計画に狙いを付けたこと自体は的を得ていたと思っている。

そして、実際に3パターンになった目標工賃達成加算基準はそれまでの規準よりさらに成果主義をパワーアップさせているのだ。



 なにせT〜Vまでのどの加算を得ようとしても「前年度が前々年度を上回っていること」という、新設された鉄の掟が縛るのだ。

これはすなわち、毎年毎年常に工賃額を上げ続けなければいけないことを現わす。

それが出来ない者は端から加算など受けさせない。

加算を受ける権利を与えないということなのだ。

M氏も憤っていたが、これぞまさに成果主義の権化と呼ぶべき仕組みではなかろうか?



 丁度現在、来年早々にも見直される障害者総合支援法について、厚労省の社会保障審議会(自民党政権になって復活)で議論がされているが、当然そこでも「成果成果」のオンパレードで、いかに成果を上げられない事業所を懲らしめてやるかということを、国だけでなく参画する福祉団体まで言い募っている始末だ。



 議題の一つである「就労支援について」では、かつての障害者総合福祉法骨格提言に盛り込まれていた、就労型と日中活動型の大まかに2つの事業種類に分けたデイアクティビティーセンターを踏襲しようとしていると思われる、就Bを2タイプに分けるという意見も出されているようだが、委員の中にはそれに対する否定的な意見も多く(「働くことを主体としない就Bなど要らん」ということらしい)形勢はかなり不利なようだ。



 ハラキチとしては、そもそも就Bというものの在り方の根本はそのままで2タイプに分けても意味が無いと考える。

日割り単価や達成加算などの成果主義体質を否定したものにしなければ、真に骨格提言に盛り込まれたデイアクティビィティーセンターを踏襲したものとは言えないはずなのだ。

「成果主義」という土台がある限り、それを緩くしたものやそこからの避難所的な発想のモノを乗せても結局それは2軍的な扱いで、勢いのあるところや勢いを付けたい者からすれば「邪魔者」でしかないだろう。

すべては土台から変えなければダメなのだ。

だからいつだってハラキチは土台を狙って言葉を放ち続ける。



 現在の社会保障審議会障害者部会の議事録を読んでいても、どうにも総合支援法の見直しに期待を持つことは出来ない。

今となっては、あのへたれ民主党政権時の障がい者制度改革推進会議や総合福祉部会が眩しく見えてしまう(当時は自立支援法賛成団体も含んだ構成メンバーにハラキチは異議を唱えたが)。

それにしても現障害者部会のあの構成メンバーはいったい何なのだ?

要らない奴等ばかりではないか!?

こんな構成員で国から放られたパイをせっせと切り分ける様は滑稽を通り越し醜悪である。
2015年07月17日
組織は腐敗する
 かつて、まだハラキチが20代の新人職員時代、当時半ば強制的に顔を出すはめになっていた区内精神保健福祉関係のボランティア団体"あけぼの会"の飲み会の席で、当時の会代表で後に社会福祉法人プシケおおたの初代理事長となった故小田原耕三氏が酔うと良く口癖のように「組織は腐敗する」と言っていたのを覚えている。



 それが本心だったのか酒の席での冗談だったのか知らぬが、20代のアタシはその言葉に「それは確かにそうだろう」と共感し、その後の20数年の人生経験の中でそれを強く実感する事になり、我が身は、とにもかくにも腐敗する組織の一員にだけは極力ならぬよう努めて言動するよう心掛けるに至った。



 「組織は腐敗する」のは、その構成員の良し悪しや組織の掲げる思想、理念、理想、ポリシーetc…に関わらないようだ。

右も腐敗すれば左もまた然り。

個人の集合と称する市民運動団体でも、しょっちゅう組織論でケンケンゴウゴウであるし、個人と言いながらK産党系の人脈だけは忌み嫌う人たちもかなり居て、やはりケンケンゴウゴウだったりする。

もちろん、それには過去の確執や因縁があるのだろうが。



 それでもがんばる民草をハラキチは否定しないし、協力だって求められれば惜しまないつもり(けれど、自分から積極的には加わらない)。



 しかし、なぜ組織は腐敗して行ってしまうのだろうか?いったい小田原氏は、どんな気持ちで当時「組織は腐敗する」などと言っていたのであろうか?

小田原氏は、その後も開業医をされながらプシケおおたの初代理事長となり、急逝されるまでそうであった。

それはそのまま、大田区における精神保健福祉分野での最初の天下りを生んだ団体プシケおおたという組織の、誕生と隆盛の季節を共にしたとも言えるだろう。



 その後のハラキチが、プシケおおたという組織と天下り氏に対して批判的な言動を続けたこともあって、小田原氏とは親しく飲む機会も会う事すら無くなってしまった。

それだけは少し残念ではあるけれども、アタシの勝手な思い込みで申せば、おそらく小田原氏は、自身が他界するまでトップを務めた(たとえそれが担がれていたにしても)プシケおおたに対しても「腐敗する」という意識を、感慨を持ち続けていたのではないかと思っている。



 しかし、だからといってそれで氏がプシケを見限る理由にまではならなかったし、そういうポリシーをたとえ個人として持っていたとしても、自身の立場と存在上(理事長職は)果たすべき半ば公的な役割であり、多少腐敗を感じても大局的に見て大田区の精神保健福祉を前進させる礎となるなら良しとも考えていたに違いない。

そういう意味では小田原氏は善意の人であったと言えるだろう。



 でもそこで、ハラキチは果たしてそれで良いのだろうか?と考えてしまう。

確かに万事丸く収まるかもしれないが、それでは結局組織の腐敗は防げないだろう。

逆に「腐敗を知りつつ目をつむり腐敗を増進させる」ことになるのではないだろうか?

現に、傍から見てプシケおおたが組織として賞賛すべき団体とはとても思えないし、落ち着きのない事業の展開を見ても、場当たり的で自転車操業的である。

そんな落ち着きのない状況に対して、関係者スタッフ一同一致団結して取り組んでいるとはさらに思えない。



 もちろんこれはプシケおおただけの話ではない。

やりようによっては、明日は我が身であるし、聞くところによれば、大田区障害者総合サポートセンターの運営(経営)を受託する育成会などは、桁違いの組織力であり、それに相応するある種えげつない事業展開と職員配置を断行しているとのこと。

果たしてそこの腐敗度はいかに?



 あくまで個人的な見解であるが、組織を腐敗させない唯一の道は、実質組織を動かしている人間(法人理事の中の一部の人間とか)が、現場で働く人をまるでゲームの駒のように動かすのを止めることだ。

そしてそれを容認させるような洗脳まがいのくだらぬ法人研修等を止める事だ。

それよりも、たとえ内容がトンチンカンでも事業展開的に運営側の青写真通りでなくても、現場のスタッフ(常勤非常勤問わず)の声をまずは聞く事だ。

声を上げるスタッフ(常勤非常勤問わず)が居たなら面倒くさがらずに全部ちゃんと聞くのだ。

それしか組織が腐敗を免れる道はないだろうと思う。

聞いた上で、組織を運営する者として徹底的に拒否または闘う必要がある場合は、正々堂々とやり合うしかない。

たとえ最後は強権を発動することになっても、その責任の所在が誰なのかハッキリさせて発動するべきだ。

運営側が組織ぐるみで現場の一職員を追い込もうとしたり、非常識な身辺調査的行為をやってアラを見つけるなど絶対に許されない。



 当然天下りは禁止である。

もし、天下りを迎えたとしてもその方がすでに退職金を頂いているのなら、理事報酬は0円にして完全無償ボランティアでやってもらうことだ。

なぜなら我々もそうだが、プシケおおたのような社福法人も財政的にはかなり苦しいはずで、法人内のスタッフおよび役員間で所得間格差が著しいのは、生活価値観の甚だしい不一致を生み、果てはそれが最初に述べたように"職員を駒のように使う運営陣"の恒常的感覚の温床となるからだ。



福祉事業は天地がひっくり返っても営利事業じゃない。

多様な社会参加の在り方の一つとして利用者の企業就職を目指したとしても、我々の事業自体はこの弱肉強食の成果主義社会において、確固たるアジール、もう一つの世界で在り続けなければならない。

その自覚と実践は時に厳しく(特に経済的に)苦しいが、そこにこそ福祉の思想(在り処)があるとハラキチは信じている。



そうし続ける事が、ハラキチなりの亡き小田原耕三氏の「組織は腐敗する」という口癖への返答だとも思っているし、事業拡大、自転車操業、経営コンサルタント導入、洗脳研修会なんかに精を出すより、きちんと相手に(社会に)返信を、返答を返して行くこと、そのことに時に心を囚われ効率悪くキツくなっても、そうしていた方が私で私を支えて行ける気がしてならない。

個人が腐敗さえしなければ、組織も腐敗しないはずだ。
2015年07月17日
「相も変わらず」
 ずいぶんごぶさたしてしまった。
特に体調が悪かったわけでもなく、月並だけれど忙しさにかまけて、またちょっとHP用のPCの調子が悪くUPを控えていたのであった。



 言いたい事、わだかまっている事は相も変わらず山ほどあるけれど、それなりの調査検証した報告については、紙媒体のあまのはらニュースの方で、夏と冬の年2回コンスタントにさせていただいているのでぜひそちらをお読みいただきたい。



 そこで、今回ここに書くのは、昨年私が関わった区内某社会福祉法人の内部告発の顛末についてである。



 本心を言えばこんなことをしつこく書きたくはないのであるが、その顛末があまりにもお粗末なので、関わった者として、せめてその記録を残す意味でも書き残しておかなくてはなるまいと思った次第(その法人内部でも、おそらく何にも知らない人がいるだろうし)。



 当初私が情報提供により区に問うた、その社福法人による地域活動支援センター補助金の他事業への流用疑惑は、結局通常指導検査の範囲では見つからずシロとなったが、当初福祉管理課長は「通常でない監査をする」と我々に約したにもかかわらず、いともたやすく反古にした。

しかし、その社福法人の運営問題はそれだけではなく、さらに訓練等給付事業での報酬を毎月請求している利用者を、その事業所以外の別の場所(事業指定されていない)で働かせ、それを利用者の在籍している就労系事業所の収入にしてしまっていることも告発により発覚した。



 その事業所で働いている実態のない利用者の報酬を請求する行為(いわゆる不正受給)は、かつて大田区で初の事業指定取り消しとなったPADDLEを想起させる(その不正の実態については、結局こちらの要求を無視して区から何の説明もされず闇に葬られた)。

ところが、これを福祉管理課では「大事ではない」と言い、「別の場所であっても働いている実態があるのだから不正受給にはあたらない」「その働いている場所が年度内に都から事業指定を受ければ返還の対象にもならない」と涼しげな顔で説明してくれた。

そんな程度の問題とはどうしても思えないこちらは、やはり我々のような弱小団体と、天下り氏の作った法人との彼我の扱いの差を痛感せずにはおれなかった。



 結局東京都にも問い合わせ行き着いた結論は、都から区に対して、年度内にその法人から事業指定の申請を速やかに出させるよう注意勧告することであった。

裏を返せば年度内に事業指定を受けなければ、そこで働かせていたことは不正受給であるということである。

さらに読み込めばこちらの指摘が無ければ、都も区も彼らの不正受給を未来永劫にお目こぼししてあげたことになるのだ。



 正直言って納得行かないことだらけだったが、ハラキチはもうここで追及することを止め自分の中で手打ちにした。

少なくとも都から注意勧告されれば、彼らも多少は事業所運営というものに責任を持たざるを得なくなるだろうと思ったからだ。



 ハラキチがその社福法人に求めることはまさにその一点に尽きる。

すなわち「運営をなめるな。無責任な運営はするな」ということである。



 そうして瞬く間に時が経ち、早半年が過ぎた頃、知人から昨年度で事業指定を受けたはずのくだんの社福法人が抱えていたスペースが、今年度中に廃止されるという話が飛び込んできた。

せっかく事業指定受けてもこれしかもたなかったのか…と初め思ったが、直にもしかして彼らはあのまま事業指定を受けずに放置していたのではないか?という疑念も湧いた。

それはかなり確信に近い疑念であったので早速人を通じて大田区に問い合わせたところ、現担当者は昨年度あったはずの都から社福法人への注意勧告の事実をまったく知らず引き継がれてもいなかった。

そうして、勧告を受けたはずの社福法人は果たして事業指定をやはり申請していなかったことが分かった。



 これを区ぐるみのもみ消しごまかし見逃しと言わずしていったい何と言えば良いのだろう?

それとも「このぐらい目をつぶれよ。細かい事でケチつけるなよ」と、こちらがクレーマーの如き言われ方をされるべきものだろうか?



 昨年秋、ハラキチは区によるその社福法人事務局長への情報漏えいに対する謝罪を担当課長から受けた。

にもかかわらず、大田区は(本当に都から注意勧告を受けたのであれば)さらにその社福法人に便宜を図ったことになる。

いったい誰がどの時点でもみ消したのか?結局本当の実行者と責任者は分からない。

確かにこれは犯罪ではないかもしれない。

けれど、誠実な仕事からは程遠いだろう。



 たとえまたも藪の中であっても、最低限確認しなければならないのが、結局事業指定を受けずに不正受給が確定した金額について、事業所はちゃんと返還したのかどうかである。

1人であっても年間にしたら100万円近くはなるはずだ。

まさか現在も不正受給を続けているとは思えないが、信じられない事がこの間何度も起きているのであり得るかもしれない。



 そうして、この一連の経過を実は一部を除いてその法人の理事でさえ知らされていないということもすでに分かっている。



 最近のその法人の動きとしては、今年度天下りの事務局長が替わったということだが、それも一連の責任を取ってということではなく、ただ勇退されたということらしい(相談役として残るとか)。

他所の法人の役員人事に対してとやかく言う筋合いはないけれど、どうにも政略的な印象を拭えない。

新事務局長が傀儡でなく、現場の責任者が運営にもきちんと権限を与えられ、責任を持ち合議の上で今後は舵取りして行くことを願うばかりである。



 ただし、それもすべて昨年度来の疑惑の真相を明らかにしてからの話であることは言うまでもない。
2015年01月14日
パブリックコメント
 2015年がスタートした。昨年は更新頻度が少なかったが、今年もなるたけ歯に衣着せずに、率直かつ自由奔放にこのコラムを書いて行こうと思う。

 さて、今年最初のアマノハラキチは、大田区の「第4期大田区障害福祉計画"(仮称)おおた障がい施策推進プラン(素案)"」へのパブリックコメントとして提出したハラキチの意見を、このコラムにて公表したいと思う。(以下赤字)


大田区 福祉部 障害福祉課 障害者支援担当(計画) 宛     平成27年 1月 7日

(仮称)おおた障がい施策推進プラン(素案)に関する意見

 第4章計画事業において、重点課題・重点事業に位置付けられている(1)相談支援体制の構築、障がい者総合サポートセンターの運営・充実についてですが、相談支援部門を担う事業者が東京都育成会と、精神障害分野についてはプシケおおたが担うと聞いています。

区と繋がりの深い民間事業者に丸投げする印象を受けますが、プシケおおたについては、自分たちの力量不足を理由に事業者への応募を一度辞退しています。実情をある程度知る第3者として、当然の判断と理解したのですが、いつの間にかサポートセンター計画当初から大田区が名指して予定していた通りに事業者指定されていました。

この経過について何ら説明が無い(私の知る限り)事と、それを含めて一応公募であったはずの事業者指定の経過(なぜ育成会なのか?)が不透明なので、3月の事業開始までに、相談支援部門を担う事業者の選定の経過と事業者の紹介、ならびに業務にあたる団体ごとの具体的な職員配置、事業者側のサポートセンター事業に対する意気込みや取り組む姿勢を、利用する上での必要情報として公表していただきたい。

(素案)におけるサービス事業者調査の結果では、「スタッフの確保」「スタッフの人材育成」「設備・スタッフなどが不足し、利用者のニーズに応えられない」が課題の上位を占めていますが、障害者自立支援法施行以来進んでいる、スタッフの非正規雇用増加問題を含めた上記の課題を、東京都育成会、プシケおおたが共にクリアしているのかはなはだ疑問であります。

サポートセンターが謳う相談支援事業の充実を、大田区として区長のマニュフェストに責任を負う体制作りをするべきと考えます。


 今回の素案の目玉は、何と言っても時代錯誤の巨大箱モノ「障がい者総合サポートセンター」の開設だ。現区長のマニュフェスト&功績の証として建てられた、5階建ての最寄り駅のない場所にそびえるセンターは、結局民間団体丸投げで3月にスタートする。

 そのいかにも「とにかく造りました」的センターの中身、すなわち事業を担う事業者の選定に絞ってハラキチは意見を書いた。このようなことをあえて書いたのは、取りも直さずこの総合サポートセンターを、大田区に責任を持って本当に「使える」シロモノにしてもらうためである。そのために、この意見は絶対に外せない内容だと独り確信している次第なのだが、みなさんはどう思われるだろうか?
2014年08月13日
就労継続支援A型事業所の怪
 この間、利用者と共に2か所の就労継続支援A型事業所の募集に応募し、見学と面接を受けた。



 就労継続支援A型は、雇用保険にも加入し最賃を保障する、いわゆる利用者と雇用契約を結ぶ「就労支援」事業所であり、現在ハローワークで求人が急増している。



 昨年も別の利用者と共に、採用には至らなかったものの川崎市の事業所を見たことがあり、我々と同様の障害者支援に重点を置いた就労支援の在り方(ざっくり言えば企業企業していない雰囲気と姿勢)に、過渡的雇用の良さをも感じたのであった。



 ハラキチは、過渡的雇用の就労支援事業所として、就労継続支援A型の在り方は自分たちが移行を拒否した法内個別給付事業の中でも、割と評価していた。



 であるからして、ハローワークでの求人が増えて来たことは、曰く、過渡的雇用の機会が増えた事であり、障害者支援のノウハウを持つ人が雇用してくれる職場の整備拡大であるからして、それは応募し易い求人と捉え、多少他の企業の求人よりも就活している利用者に対して押してもいた。



 しかし、先の2所を訪れて実際に見聞きした現在の就労継続支援A型事業所は、ハラキチの認識していたそれとはかなりかけ離れた、まるで別物の印象を強く刻んでくれた。

おそらく現在進行形でこの就労継続支援A型は、雨後の竹の子の如く出現している今最も旬な障害福祉サービス事業なのではないか。



 訪れた2所ともまず、完全に株式会社経営の事業所であるということ。

特に1所はすぐそばに親会社があり、仕事全てが親会社から卸される作業であるにもかかわらず、特例子会社ではなく、あくまで独立した事業所となっていた。

説明をしてくれた管理者氏からは、この点を行政からも突かれているので、そのうち他からも受注する予定であると言われたが、関係上も構造上も、そんなこと果たして出来るのだろうか?と疑問に感じた。



 管理者氏は、この事業所が立ち上がるまで本社で流通の部署を任されていたとのことで、この新規事業の為にサービス管理責任者の資格を取り、福祉を学んだと言う。

しかし、どう考えてもその福祉を学んだ期間は短期間と言わざるを得ず、その事業所は管理者含めて元々福祉職でない社員2〜3人で回しているようだ。



 いただいたパンフレットは中々立派で、生い茂る木々をモチーフに、それは自由に伸び行く障害を持った人たちを現わしているのだとか。

管理者氏の説明も淀みなく分かりやすいので、そのまま流れるように聞いていたら、ふと初めて聞く単語にぶつかった。

「トッカイキン?」初耳のハラキチはあせった。

障害者就労支援にまつわる制度用語はたいてい知っているはずだった。

しかし、「トッカイキン」は聞いたことがない。

知ったかぶりは出来ないと観念し、管理者氏に率直に「トッカイキンて何ですか?」と聞いたら、大本は厚労省からの助成金で、職安を通じて障害者を雇用した事業所に対して年額を何期かに分けて支給されるという。



 「へぇ〜」と、初耳の新鮮さに驚きつつさらに聞くと、それは自治体毎に発行する障害福祉サービスのサービス受給者証の書き方によってもらえるかもらえないかが決まると言う。

何でも「暫定支給」制を採る自治体の受給者証では、トッカイキン(正式名、特定求職者雇用開発助成金)が出ないと言う。

「へぇ〜」とこれまた聞いていると、「なので、大田区が暫定支給制を採っているのか確認して下さい。トッカイキンがもらえないと雇えません」とのこと。

思わず「えっ!?」と驚くアタシ。

「年に30万円(障害者を30時間未満労働で雇用した際にもらえる特開金の額)は大きいんですよ」と淡々と続ける管理者氏の話に、ハラキチは「はぁ」と生返事しながら頭の中では軽いパニックを起こしていた。

要するに、この事業所は特開金のもらえぬ障害者は雇えないと言っているのではないか?

ならば、そもそも職安を通して出す求人としておかしくないか?

しかし、特開金についてアタシは何一つ知らない。個別給付事業を忌み嫌って地活となった我があまのはらの事業に受給者証は要らぬから、暫定支給なども全然知らないで来た。

こんな状況下ではちょっと反論は難しい。

同席の利用者のやる気も確認していない。



 なので、出来る限り管理者氏に特開金について詳しく聞き、この日はいったん預からせていただき退散して、よくよく調べて態勢を立て直すことにした。



 管理者氏は、そんな私の申し出に了解しながらも暫定支給をしている自治体が多いことに憤慨しきりであった。

そして、特開金が出ることが分かった暁にはぜひとも雇いたい雰囲気マンチクリンでもあった。



 果たして、一度退散したハラキチが区の障害者就労支援センター等から情報を得て(これは非常に助かった。ありがたかった。この就労支援センターの運営が、蓄積された支援技術が、なぜ障害者総合サポートセンターへの移転に伴い何のノウハウもない東京都育成会に移行丸投げされてしまうのか、全く理解に苦しむ。て言うか間抜けすぎてハナから理解出来ない)、どうやら特開金とは、ハラキチの解釈ではあるけれど、障害者を雇った企業が、試験的期間を経ずに最初から責任負って面倒みますよとなった際に出るものらしい。

それを自治体が暫定期間を設けて様子を見る場合は、企業に特開金が支給されないらしい。

そして得た情報では、近頃この特開金目当てで障害者を雇用しようとする新規参入業者が増えており、自治体によっては注意を促しているというのだ。



 そして、大田区はというと、本来1年有効の受給者証をその中に暫定期間を含めて発行するとのこと。

実にややこしいが、暫定期間とは本来の受給者証有効期間とは別物であるから、大田区のやり方は暫定期間が一応あるけれど最初から1年で正式発行しますよという、何とも摩訶不思議な、考えようでは実にウルトラC的なやり方を採っているのだった。

こんなこと全然知らなかった。



 利用者氏とも協議して(本人も実際乗り気ではなかった)、「一応大田区も暫定支給制でしたので(でも、たぶんこの大田区のやり方だったら特開金は出るのだと思う)ダメですね」という理由でお断りの電話を入れると、受話器の向こうで管理者氏が「会社が責任持つからと言って、もう一度区と交渉して暫定支給を外してもらってくれないか」と懇願された。

「俺がやるんかい?」と思わず言いそうになったがこらえて、「利用者ももう別の会社を探していますので」と言ってあきらめてもらい、電話を切った。



 実に考えさせられる、頭の混乱する経験であった。



 暫定支給が在ること自体は理にかなっているように思えるが、その在り方が自治体毎に違うのは確かに問題かもしれない(23区の半数近くは暫定支給制を採用と聞く)。

しかし、雇用側が初めからその助成金をアテにして障害者を採用するのは明らかにおかしい。

それは明らかに企業が、障害者就労支援事業に手を出すと金が入って来ると見込んで参入して来ていることを意味する。



 でも、あの管理者氏の全く悪気もない率直な物言いは、そんなことまったく思いもよらない「えっ、何が悪いの?」という程度の、営利企業では当然許され許容される利潤追求行為なのだろう。

そして、障害者自立支援法の精神がその行為の参入を許したのだ。

障害者福祉も儲ける所が生き残れば良いというルールになったのだから、こういう会社が出て来て当然、出るべくして出て来たのだ。

安倍晋三みたいなシュショーが出て来るのと同じ理屈かもしれん。

それを生み出す環境は、すべて我々ニッポン国民が作ったわけだ。



 ゆえに、ハラキチはその会社をただ断ずる気にはならない(おかしいとは思う。だからこうして書き注意を促したい)。

それよりも、急ピッチで障害者の就労支援事業がこんな風になってしまっていることにただただ驚き、半ば呆れるのみである。

これでは、就労支援センターも時勢について行くのが大変だろう。



 もう1所もかなり強烈だったのだが、それはまたの機会があればにする。



 ちなみにその某株式会社運営の就労継続支援Aを蹴った利用者氏は、その後ある一般企業の障害者雇用に無事採用が決まりそうである。

ハラキチも同行した面接で、その会社担当氏が気さくな笑顔で「ガツガツやるつもりはないんで」と言ってくれたのがとても印象的であった。

その後もこちらと意見調整をしながら一方的にならずに雇用へのステップを共に踏んで行く様は、ハラキチに「そうでなくちゃぁ」と思わせてくれた。

その会社は、障害者支援事業に手を広げてなどいない。

ただ企業の法的責任、雇用義務を果たすべく障害者を社に迎え入れようと普通に努力をしている会社に見えた。

とっても普通な会社に見えた。

そんな普通な会社が増えて行けば良い。そんな会社をハラキチも応援したい。
2014年06月12日
経営の福祉
 最近は、社会福祉事業をしている団体(主に社会福祉法人やNPO法人)に経営コンサルタントが入るのが流行しているようだ。



 私の友人の働く法人にも入ったと聞いたし、区内の某法人にも入った由とのニュースが届いた。

風俗の流行もそうであるように、何事にも流行の裏には仕掛け人が居り(仕掛けに乗ることが何よりも嫌いなハラキチは、ゆえに流行を嫌う)、この福祉業界への経営コンサル導入ブームは、障害者自立支援法の姉妹法である総合支援法(あくまで蔑称の意味も込めて長い正式名称は避けます)の要請する所であり、東京に於いては、コンサル導入費用を都が区を通じて補助する露骨な誘導も行っているという。



 当然、コンサル諸氏は都の抱える人材であり、その人材が反新自由主義、反資本主義、反成果、反効率主義者であるはずはなく(そもそもそんなコンサルタントが居るのか知らぬが、そういう視座を持つ真っ当な経済学者は実際居る。

例えば法政大学教授の竹田茂夫氏)、「無駄削れ、結果出せ、金稼げ」と、利用者に課せられる目標工賃同様、法人役員、現場スタッフに対してケツ叩き&ノルマが課せられる。



 そうして、そのノルマを達成した暁には、誰もが利益を得てめでたく勝ち組になるコンサル諸氏言うところの流行語「WIN WIN(ウィンウィンと読むらしい)」状態になってこの世は極楽めでたしめでたしとなるそうだ。

元来、この"ウィンウィン"とは、相手か自分のどちらかが負ける競争型の諸関係を超える新たな共生価値として提唱されたものらしいが、これが結局経営コンサル諸氏によって、セミナー等で「もっと稼ぐためのウィンウィン!」等と好んで使われているのを見ると、まぁこれで得られる利益とやらの底の浅さと言うか、何とも正体見たりな気が俄然して来る。



 さて、そんなハラキチにしてみれば、さらなる消費税大増税を控え、残業代不払いが合法化され、年金生活保護費も削減が進み、地球の裏側まで出動する国防軍(旧称自衛隊となる日も近い?)は人手不足で、アメリカのようにファーストフード店等に群がる若者や非正規労働者らが軍に生活保障と引き換えにスカウトされる(すでに福島第一原発での過酷な被ばく労働、除染作業従事に対して違法スカウトが横行している)世が大して反対もなく出来(しゅったい)しつつある昨今において、そんな社会はそのままにしておいて、なんともノー天気な響きが漂う"ウィンウィン"な状況など望むべくもないと諦めきっている。



 「諦めきっている」など、福祉従事者としてはまことに後ろ向きな恥ずべき姿勢なのかもしれないが、本来福祉の現場(障害者へのあらゆる生活支援の場)は、被支援者が福祉の現場へ駆け込む要因を生み出したところの、時に障害者を排除してしまおうとする一般社会とははっきりと違うリズムを刻み、社会の中に確かに在りながら(ここ重要!)それとは微妙に無縁の場所であるべきで、どんな世の中の流行にも原則的に左右されてはいけない(実際は左右されまくりだが)性格のものであるはずだと、ハラキチは日頃考えている。



 よって、この激化止まらぬ不寛容と非分かち合いの世界において、この社会制度が根本的に変わらない限り、わずか少数のみが辿り着くとしか思えない"ウィンウィン"な在り方を目指すより、我々は「ウィン(勝ち)もルーズ(敗け)」もない世界を目指すべきだろう。

それこそ経営コンサル諸氏には逆立ちしても目指せない世界であり、社会のアジールを死守する福祉従事者こそが担うべき仕事のはずだ。

 と、いつものように何様目線で言いたい放題したが、そのアジールであるべき福祉の現場に、湯水のごとく潤沢な資金が流入してくるはずもないことは言を待たないわけで、中世民衆史の大家網野善彦氏が書いたように、昔からたいていアジールは粗末だけれどどこか自然に隣接しているような素朴さの中にあり、意図せずとも小さくそれほど目立たないものだ。

そしてそれゆえに、誰に対しても開かれている。



 見つける人は見つける。

知らぬ人は知らぬで済ましてしまう。

たいがいの個人の人生がそうであるように。



 よって、運営の厳しさ大変さ従事者のある程度(ここも重要!)の物質的経済的貧困は甘受すべき矜持でもある。

もし、なんちゃってで入れたのではなく、実際に経営コンサルを入れるほどまでに事業が立ち行かなくなったという事態は、そもそもの事業の立ち上げ方に問題があったか、もしくは見通し甘く(もしくは運営をなめて)立ち上げた(ぶち上げた)者の責任が大きいはずだ。



 そこを見つめず問わず追及せず、責任を取らせずに、ただみんなで「危機意識を共有しましょう」してウィンウィン目指そうというのは、申し訳ないがちと虫が良すぎるのではないかと思えてならない。

まぁ、私のような総合支援法下における福祉業界の余計者が何をかいわんやであろうし、こんなことを書いたところで数人の心証を悪くするだけかもしれないのだが、誤解を恐れずに言えば、ハラキチはこのような駄文で世の流れが変わる、もしくは変えたいなどとは1mmも思ってはいない。

ただ、そのような流行、風潮、実に恥ずべき法制度、社会制度、福祉業界によって自分が変えられてしまわないように、ただそれだけのために書いている。

私は私が福祉を「経営」と称することを断固として拒否したい。

私が私であるために。
2014年02月03日
大田区障害者総合サポートセンターに寄せる
 前回から、だいぶ間隔を空けてしまった。

けれど、あまりご無沙汰していた感覚はない。

それはこの間も、個人ブログやあまのはらニュースなどで書きまくっていたせいであろう。

一つこのコラムだけを放ったらかしにしてしまったのだ。


 遅まきながら、本年もこのアマノハラキチの福祉なブルーズUをどうぞ宜しくお願いいたします。

 さて、新年初のこのコラムでは、大田区でいよいよ来年度から一部がスタートし再来年度本格実施となる、現区長松原氏が断固やりたくて、このご時世に新たに駅から遠く交通の便の決して良いとは言えない場所に作る箱モノ「障害者総合サポートセンター」についてである。


 以前にもこのコラムで書いたと思うが、ハラキチはそもそもこの新たな箱モノに反対であり、大田区へのパブリックコメントにもその旨を書いた。


 理由は主に2点ある。

まず、既にある大田区の社会福祉資源がその名の通りに機能しきれていない状況で、新たにわざわざ箱モノを作る必要性がない。

それこそ自称財政難の区による無駄遣いである。


 それより既存の社会資源をちゃんと機能させることが先決。


 そしてもう一つは、その新しい箱モノでスタートする事業のほとんどを民間丸投げで事業委託しようとしており、しかも区の青写真では、それを既存の事業をまだちゃんと機能させることが出来ていない団体に委託させようとしていたことだ。


 こんなに無責任な話はない。

首長の公約として、何が何でも実現すると言うのなら、大田区職員総動員させて総力を挙げて実現に向けて奔走するべきで、箱だけ作って民間任せなんて、初めからまさに「見栄え」だけを求めた代物であることが見え見えではないか。

こんなものに賛成をする気など起きるわけがない。


 しかし、ハラキチ独り吠えようと作られるものは作られ事は進む。

昨年末に事業者公募(当然水面下での一本釣りはあったろう)が終わり、近々委託された事業者が公表されるだろうが、その委託事業内容を大田区ホームページから読んでみたところ、その委託事業内容がかなり具体的で縛りが多いと感じた。

「ここまで具体的に中身を決めているのなら区でやれよ」と言いたくなるほど。

特にサポートセンターの目玉であろう"障害者相談支援事業"に対する区の委託事業内容は受ける方にしてみたらかなりハードだ。


 曰く、身体、知的、精神の3障害と高次脳機能障害や難病の人たちへの相談支援を月〜金の朝8時30分から19:00まで、土、日、祭日も朝8:30から17:00まで、つまり365日開所することが求められ、そのためにシフト制を導入せよと当然のことが書き添えてある。


 そしてそれを常勤6名以上の職員で回すことと、全員が都の指定相談支援事業者講習の受講者または受講予定者であること、2名以上は精神保健福祉士有資格者であること、1名以上は保健師または看護師資格も持っている者であることが規定されている。


 常勤3名で平日のみの開所施設をやっている身として、365日を果たして6人でしかも全障害に対応する相談支援が出来るのかはなはだ心もとないが、相談者が少なければ回っても行くのだろうが多ければ相当な激務になるであろう。


 しかも、ただ相談を受ければ良いわけでは当然なく、サービス等利用計画を作成し必要に応じて家庭訪問をすることや、人材育成にも計画を立てて取り組まなければならないことが規定されている。


 これを全部誰かやってくれというのが、大田区における(他区は知らん)民間への事業委託というわけだ。

果たして実際誰がこれをやるのであろうか?
 

 実は当初大田区の描いた青写真で、特に精神障害の相談支援(当初は障害別に事業委託を考えていたのか?)委託事業者とされていたプシケおおたが、その法人ニュースによると、委託の受入れを「力不足のため」断念したという。

傍目からは、自転車操業的な事業拡大スパイラルに陥っているように見えていただけに、これは実に賢明な判断だと余計なお世話ながら思った。

現在抱えている事業でアップアップな者がそれでも新事業に飛び付くのは、アホノミクスの成長戦略と一緒で早晩破綻する。

て言うか、そんな事を続けていたら人間が壊れてしまう。

つまり元も子もなくなってしまう。


 他に大田区で思い付く受託団体といったら、育成会や幸陽会とかの老舗か(しかし、彼らは精神障害はやりたくないだろう)最近拡大著しい、安部首相とも交わりのある精神科クリニックか?

そこらへんの政治的な話はハラキチにはまったく預かり知らぬことなので適当にしか言えない(が、根拠がないわけでもない)。


 ただ、ここまで区が規定した事業内容を委託される所は、余程大田区行政と密着することにはなるだろう(委託条件に義務付けられてもいる)。

行政と協働することそのものが決して悪いわけではないし、我々あまのはらとて行政からの補助を受けてこその事業である。
 

 けれど、かれこれ十数年前に新築された区施設内の喫茶室の運営を、区が障害福祉団体に委託する公募の際に、ハラキチは某団体の立候補に関わったのだが、その時もかなり過酷な店舗業務条件を区から突きつけられ、とてもじゃないが小さな団体ではやり切れない内容だったので、交渉の余地を作ろうとこちらの条件を逆提示したところ、区担当者(まぁ上のお方です)から「甘ったれるな!」とばかりに叱責された。

その方は女性だったので、ハラキチは思わず「なんだとクソババァ!」と本能的な条件反射で言い返しそうになったが、こちらはただの同席補佐人であったのでなんとか控えた。


 その時の区の態度は実に高飛車であった。

しかも、あまり趣味が良いとは思えない外から丸見えの店舗の総ガラス張り設計について、「障害者ががんばって働いている姿を地域住民並びに周囲に見せるため」と言った時には、ハラキチは唖然とした。

行政の、特に企画をする立場のお偉いさんたちの思想と発想の源泉に触れた気がして、そんな区(行政)と密接に事を成すのはごめんだと骨身に沁みたのであった。


 ところが、結局そのガラス張り喫茶店舗は、区内の著名な大きな団体に運営が委託されたのだが、なぜかその運営条件は我々が聞いた内容よりだいぶ緩和されたようなのだ。

どこも引受け先が無いのでやむなく条件緩和となったのだろうか?

その団体も区のお偉いさんに「甘ったれるな!」と叱られたのだろうか?

今となっては知る由もない。


 そんな大田区で近々開店予定の天下の箱モノ障害者総合サポートセンターの中身は、実際どうなることになりまするやら、全貌が明らかになるのはもう間近である。
2013年09月11日
時代は変わる、されど原点は変わらず。
 先日(9月4日)、ハラキチは参議院議員会館で開催された、障害者自立支援法訴訟の基本合意の完全実現をめざす会と障害者自立支援法違憲訴訟全国弁護団主催の集会、「このままで障害者権利条約は批准できるのか〜基本合意、骨格提言にもとづく総合福祉法の実現を〜」に出席して来た。



 今年一月の集会以来であり、違憲の烙印を押された自立支援法が、それを廃止しやり直すために作られたはずの総合福祉法骨格提言をほぼ完全無視した総合支援法となり、この4月から施行され出している。

まさに、訴訟団は国から詐欺にあったわけだが、福祉業界の世情はすっかり凪となり、それぞれの日々の場所で、ガラガラドンドンと事務と常識に流されているようにハラキチには見えてならない。



 中には各地域において(ここ大田区もそうだが)、巧妙にしかし強権的に無視されてしまった骨格提言に基づく総合福祉法を実現させようと、集まりを持ち続けることで運動の継続を一応表明している動きもある。



 しかし、以前もここに書いたが、ハラキチには総合福祉法でなくても別に大丈夫、やって行けるという人たちが集まったところで、また、幅広い呼びかけによる連帯作りの過程で自立支援法精神をこそ廃止するという原点がぼやけ薄まり、何となくみんな(自立支援法精神に特に違和感を持たない者も含めて)が納得出来る点での取りあえずの法改正を訴えたところで、どうなるものでもないと思ってしまう。



 それでも、この自立支援法違憲訴訟団の主催する院内集会や行動に足繁く通うのは、彼らが明らかに国民の誰よりも自立支援法を糾弾し続け、いまだにその名前と旗を降ろしていないからという一事に尽きる。



 この名の下に集まる人間は、当然自立支援法精神を踏襲した総合支援法をも良しとはしていない。

だからだろうか、毎回集会参加者を見る限り、特に大田区において、ハラキチがこの人は本当のところ自立支援法に反対はしていないだろうと睨んでいる人は、実際一度も顔を見たことがない。



 自分の地域での集まりには、付き合いや立場?があるので一応参加するが、違憲訴訟団主催の集会に参加するのは特に直接自分たちにメリットがないので参加しないという態度なのだろうか?



 前回の1月から時が経ち、現状にさらに慣れ親しむに十分な時間があったわけで、ハラキチは内心この集会に参加しようという違憲訴訟を積極的に支援する人などもう居なくなってしまったのではないか?と勝手な心配をしていたのだが、開始10分前に会場の参議院会館講堂に着けば、第一会場はすでに満席になろうとしていた。

団体単位で参加する人たちに席を譲り、やむなく第二会場へ移動したが、ここも最終的にほぼ満員となってしまった。



 しかし、残念なことにパソコン中継が上手く行かず、第一会場である講堂での白熱したと思われるパネルディスカッション等の様子がほとんど第二会場には伝わらなかった。



 それでも、途中から第二会場独自のプログラムとして、急きょコメンテーターによる発言を聴き、幾人かからすっかり定着段階に入ったかのように見える、障害者自立支援法精神への危機感と憤りの声を聞くことが出来た。



 特に竹下弁護団長による、「自立支援法の根本を決して忘れてはいけない」というメッセージからは、巧妙過ぎる国家権力(この場合特に厚労省)の手練手管にやられたことへの悔しさが滲み出ていた。



 我々が日常の中で法に慣らされてしまっても、それで法自体は1ミリも変わるわけではない。

何とか呼吸が出来て飯が食えて、終わりの入り口さえ見えていない原発事故があっても何となく変わらぬ消費生活が維持されるし、さらにはオリンピックまでやろうと言う、とっくに一線を越えてしまっているこの国で、何ものかを怒りを持って睨み続けることは確かに難しい。

その行為がむなしく寂しく、何より面白くないと感じれば、人に呼び掛け集まりを持ち、何かしらのムーヴメントを起こしたという気になりたい(それこそが現状を変えると信仰している)向きも出て来るわけだ。



 ハラキチはこれからも、この自立支援法違憲訴訟団の開催する集会に参加し続けたいと思う。

現政権の自民公明与党も「守る」と言った(が、やっていることは真逆であり、ここでもまた訴訟団は詐欺に遭い続けていると言える)訴訟団との基本合意(自立支援法廃止の明確化と自立支援法に依らない新法制定)が反故にされた場合(そう訴訟団が判断した場合ということだろう)は、ためらうことなく再提訴に踏み切ると、この日全会一致で採択された集会アピールで明言された。



 しかし、ハラキチはただ運動に連帯するために参加するのではない。一人で怒り嫌な奴をにらみ続ける(辺見庸氏の最近の言葉)ために参加するのである。
2013年08月20日
クレイジーサマー
 せっかくの夏休み中、不覚にも体調を崩してしまい、ハラキチは市の休日夜間救急外来に駆け込んだ。



 そこは以前にも自分で1度、娘でも1度利用したことがあったのだが、待合室の雰囲気はいつもどことなく落ち着かない、変に切羽詰まった様な雰囲気が漂っている。



 この日の待合室には、ハラキチの他成人1名、後は小児科受診の患者が3組ほど居た(ここは、小児科と成人の2部屋の診察室がある)。



 不調で重たい体を長椅子にもたれさせて、早速ハラキチは持って来た単行本を読み出したのだが、前後に座る親子連れの様子があまりに個性的だったので、実際本のページはほとんど進まなかった。



 まずは、前方の3人子連れのお母さんが、夢中になっていたスマホでいきなり左隣の4歳くらいであろう女の子の額を「指しゃぶりすんなっつってんだろっ!」と怒気をはらんだ一喝と共に「バシッ!」と叩き、真後ろに居たぼくは思わずビクッとなって体を硬直させた。



 恐ろしや携帯電話にスマホ、これらは時に暴力装置や凶器になるのだ。ゆえにハラキチはこれからも一生涯持つものか!

子どもたちにも与えるものか!

中国で劣悪な労働条件の下、底辺労働者の命を削ってこれらの機器の部品は造られ遠く海を渡ってこの日本で子供を叩く凶器となる。

資本主義のなんたるアイロニー!



 込み上げてくる不快感と怒りに、ハラキチの頭の中は一瞬にして煮えたぎったが、叩かれた女の子はまったく無言で泣きもしない。

その娘を横顔からして、あぁ本当にアタシはこういう人と知り合わなくて良かったと思えるくらい怖い人相の母がしばらく睨みつける。



 「もういい加減にしなさいよ〜」と言いたくなったその時に、今度は後部席から大きな声で携帯電話で話す声が聞こえて来た。

「ちょっと大変なの!元気だったのが急に具合悪くなっていきなり吐いちゃって、どうしてだろ?」

「いやいや、子どもはそういうことあるよ〜」と、また余計な事を言いそうになるがもちろん口には出さず、そのお母さんは長椅子に坊ちゃんを寝かせて勢い付いて立ち上がり、辺りをウロウロしながら携帯電話に夢中になる。



 すでに受診待ちであるので、黙っていれば原因も医者の診察で分かるかもしれないのに、とにかくお母さんは今この不安を何としてもヒトカケラでも解消したいようだ。

そして、その携帯でよく喋るお母さんをチラ見したら、なんとハラキチ好みのアイドル系の実に可愛いお母さんではないか。

思わず「そんな電話などかけずに私に相談しなさい」と言いたくなったが、何件目かの電話の内容を聞いて、さすがのハラキチも一瞬燃えるかに見えた恋の炎があっという間に消えてしまった。



 で、その内容というのが、急に坊ちゃんの具合が悪くなった原因を、そのお母さんの信頼出来るある人(もれてくる声からして年上の男)に相談したら、その人から坊ちゃんのその日一日の行動を説明するよう求められたらしく、小さな待合室にまぁ大声ではないにしてもかなりはっきり聞こえる声で、そのアイドル顔の(もちろん清純派)お母さんは話し出したのであった。



 それは、朝食時の様子に始まり、楽しく実家のおばあちゃんの所に出かけたこと、墓参りに行ったが坊ちゃんは寝てしまっていたことを話し、その後起きて、帰りにお地蔵さんにだけ手を合わせたことを報告した時に、にわかに会話は急展開を見せたらしく、相手からの説明を受けたお母さんは「それか〜」と深く納得安堵したのであった。



 その時すでに、ハラキチは手に持つ文庫本のことなど忘れ、スマホで叩かれてしまった女の子のことをも忘れ、耳及び全神経をかのお母さんの携帯電話の会話に一点集中してしまっていたので、思わず「え〜っ!?」と叫び出しそうになった。

なんで地蔵に手を合わせたことが坊ちゃんの突然の嘔吐と発熱の原因なの〜!と続けて月夜に吠えたかった。

そんな思いにわなわな震えていたら、いつの間にかスマホで娘を叩いた親子が診察室から出てきて、続けて携帯母さんが呼ばれて「あ、呼ばれちゃった。また後でかけま〜す!」と言って電話を切って、ぐったり寝ていた坊ちゃんを抱きかかえ診察室へ入って行ったのだ。



 この間わずか20分足らずの、休日夜間救急の待合室での出来事があまりに強烈で、思わずハラキチは自分の不調を忘れてしまいそうになった。

診察を受けても何だかうわの空でどうでも良いような気分になってしまったのだ。

フラフラ状態での帰途、それもこれもみんなこのクレイジーサマーが見せた幻影であれば良いのにと思わずにいられなかった…。

結局ハラキチはその後4日間寝込むことになり、夏休みはとっとと終わってしまった。嗚呼! 
2013年07月05日
「清貧の福祉で何が悪い」
 あまのはらのHPがリニューアルされてからの"アマノハラキチ福祉なブルーズ"第一弾である。



 このHP上で、福祉の片隅からあまのはらLOVEを叫んで早6年。いやぁ言いたいこと言って来た。

書いてきた。おかげで生活苦しいが、気分はなかなか爽快であり、後悔というものは微塵もないし、いまだに他の選択肢は思い付かない。



 なによりこうして生きて暮らしてシーエスアデイも雪谷工房も存続していることが奇跡であり、我々の勝ちであったと思っている(何に勝ったって?もちろん、障害者自立支援法にである)。



 今年度(2013年度)からの、地域活動支援センターとしての事業継続を高らかに?区内各地域庁舎に宣言して以降、またあまのはらへの利用希望者が増えて来ている。



 自立支援法内事業の個別給付事業に同業他者がどんどんどんどん移行して行き出した頃、「小規模作業所のままでいる」宣言をした時も同じように利用希望者がドッと増えた。



 この現象はすなわち、地域活動支援センターの事業が必要とされているということのみならず、就労継続支援B型を主とする個別給付事業では、地域で生活する障害者が通所出来る場所としてのニーズに応えきれないことを示し…なんて堅苦しい能書きは止めにして、要するに実際紹介する側にとっても利用を希望する本人にとっても、個別給付事業っていうのは、小規模作業所(それと変わらぬ地域活動支援センター)に比して煩雑で利用しづらく、いちいち不必要な型枠ばかりがうるさいシロモノなのではないかということだ。



 あまのはらは、自立支援法が登場して以降やる施設(事業所)が多くなった、いわゆる利用者獲得のための「営業」をしたことがないし、今後もやるつもりはない。



 自立支援法内事業に移行することはすなわち、民間企業よろしく利用契約者の取り合い競争に参戦することであり(自立支援法以前も、施設によってはそういう姿勢の所が無いわけではなかったが、これほど露骨ではなかった)、多くが保険会社顔負けの宣伝パンフレットを作ったり、スーツを着た施設職員兼営業マンが各庁舎を回って「良い人いたら紹介よろしくです!」と営業活動を開始したのだった。



 しかし、この自立支援法内事業という名の営利企業は実に現金なもので、一定の利用人数を確保して安定経営が見込まれるとなったら、今度は打って変わって「もう入れません」「2年待ち(!)です」と門前払いを喰らわせるのだ。



 これもすべて、個別給付事業が持つ日割り報酬単価制と、定員に応じて職員体制を変えなければならない制度の性格による。この制度の性格、つまり営利企業と同じ損益をはっきりさせてその価値によってのみ淘汰させること。

それが腐っても社会福祉事業に従事する者たちを営業に走らせ、実利を求めることに奔走させているのだ。



 実際、良心的な従事者はみなそのことに違和感をぬぐえず、「営業」を良しとせず、清貧を余儀なくされている。

ハラキチの尺度によれば、経営的観点を最優先させて時に営業を行い、時にシャットアウト(はっきり言って「2年待ち」とか断言する事業所は、シャットアウトしているも同じ事)しながら制度で儲けて職員の給与をガンガン上げているような事業所は、ちょっと信用置けない。

いや、正直言って軽蔑に値する。



 こういうハラキチの考え、放言に対し「このご時世でなにを寝言言ってやがる」「お前なぞ早く市場原理に淘汰されて消えてしまえ」と言いたい向きもあろう。

ハラキチが逆の立場ならばやはりそう思うから。

しかし、我々はそう簡単には消えない。

そもそも「このご時世」にしてしまったのは、我々の踏み止まりが足らなかったためでもあり、一切踏み止まらないで政策に従順な子羊で居たら、今後さらなる社会福祉の営利企業化を促進するだけである。



 ここで誤解無きように申しておきたいのだが、ハラキチは何も企業活動そのものをすべて否定しているのではない(そういうものが一切ない世界を個人的に夢想はしているが)。

少なくとも、社会福祉というおよそ人間が社会を形成するにおいて不可欠なセーフティーネットが、営利企業化しては絶対にならないと言っているのだ。



 もはや、国の首相が原発を海外に売り込もうとする死の商人と化し、政治までもが企業化している昨今、すべての関係性が「売り買い」と「損益」だけになってしまったら、その関係性の中で弱者とならざるを得ない人たちの居所はなくなって行く。

アジール(自由領域、避難所)が存在出来なくなってしまう。



 かつて小規模作業所だった所の中には、「我々は理想郷に暮らしているのではない」と、企業並の生産高と収益を目指す所もあった。

その先鋭達は多くが福祉村的コミュニティー作りを目指し(ハラキチがかつて勤めていたY福祉会もそうであった)、しっかりとセーフティーネットをコミュニティー内に確保した。

それを作らなかった所の多くが、結局ただ高収益を目指すだけの、時代の徒花となって消えて行った。



 殊に、もはや右肩上がりの経済発展など望むべくもないこのご時世だからこそ、等しく最低限の生活が保障される人の熱のある世が求められる。

アベノミクス(アホノミクス)やTPPに浮かれて、ここぞとばかりにそっちへなだれ込む烏合の衆根性を、少なくとも福祉労働者は持ってはいけない。

いや、誰も持つべきではない。



 憎き障害者自立支援法が成立定着してしまった現実を苦々しく思いながら、ハラキチは好きなジャーナリスト斉藤貴男氏の対談集のタイトル"みんなで一緒に「貧しく」なろう"を思わずにいられない。

自立支援法を拒否する闘いの真っ只中で、この言葉にどれだけ支えられ希望を見出したかしれない。



 あの時、全福祉労働者がこの言葉の下に自立支援法と向き合っていたのなら、法の成立を阻止出来たのみならず、復権した村木厚子氏率いる厚労省の屁の巻き返しなど絶対に許さなかったのではあるまいか?

いや、みんなが本当にそう思えれば、原発もTPPも無用の長物のはずなのだ。



 見事リニューアルしたHP上で、これからもハラキチはあまのはらより愛を込めて「みんなで一緒に貧しくなろう!」と発信し続けて行こうと思う。

どうか皆様、今後ともお付き合いのほどを宜しく。 



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